西野第二線さん>
書かないほうが良かったですかね(^^;;
今後ともよろしくお願いいたします
>きょうは,札幌ドームへヤクルト-阪神戦を観戦に行きました。
北海道滞在時に読んだ日刊スポーツに
留萌市長をはじめとした団体が若松監督(留萌出身)の応援に駆けつけると書いてありました(笑)
みなさま,こんばんは。
>室長様
いかにも,旧takuでございます。
HNと接続元からわかることとはいえ,個人的に心機一転を図るため
あえてHNを変更させていただきましたのでご了解いただければと
存じます。
きょうは,札幌ドームへヤクルト-阪神戦を観戦に行きました。
わたしの家は西野なので,乗り換えと福住駅の混雑を避けて
東西線南郷18丁目駅からのシャトルバスを利用しました。
比較的スムーズに行き帰りとも乗車できました。
JR白石駅系統担当のジェイ・アール北海道バスのエルガは
LED表示で「JR白石駅」と表示し,側面もちゃんと
札幌ドームーJR白石駅(実物は縦書き)と表示していました。
それと真駒内系統のじょうてつは
「南の沢だべさ」を含む前後扉車と藻岩線車(西武中古)が混在しての運用でした。
とりとめのない話で恐縮ですが,今後ともよろしくお願いします。
今日、3時55分頃、大通駅で真駒内行きの地下鉄に乗ったら、
車内広告が「N」だらけ?・・・と思いきゃ、なんとネスレ日本の新缶コーヒーの広告が「Aライナー」の車内を独占してるではありませんか。
この広告をみた瞬間、「何だろう?」とつい思ってしまいました。
そう言えば以前から同様のテレビCMがオンエアしているけど・・・。一度見てみるといいかも。
今日、朝7時15分頃簾舞4区発の真駒内駅行じょうてつにLED方向幕の新車が来て、初めて乗りました!押しボタンの音が電子音(札幌市営の96車以降の音と同様)で驚きました。また、側面幕の経由地表示は「みすまい四区→藤野3条11→石山中央→真駒内駅」となかなか適宜な表示でした。前面幕は 12 真駒内駅 とシンプルでした!では、また報告いたします。
ASAQさん ありがとうございます。
あと目撃時間ですが、
藻岩高校前通過の時刻で17時40分を確認しました。
今日は15時40分のやつは確認できませんでした。
雨だったため代車が入った可能性が高いです。
でもそのあとは来たし・・ 時間どおりにでも来たのかなぁ・・
一応 明日は土曜日なのでそのとき確認できた時間でも乗せておきます。
でも、目撃できなかったら書かないかも・・
それではぁ〜〜〜
昨日たまたま見ました。こんな感じでした。
前
石山中央経由
[8]定 山 渓 温 泉
後
8定山渓温泉
横
横書部分 8定山渓温泉
縦書部分(右から)
札幌駅
すすきの
石山中央
定山渓温泉
石狩線さん>
えっ・・・ 藻岩線の行き先表示変わっちゃったんですか・・・??
い・・・・いつのまに・・・・。
南95のノンステップ車輌みたいな表示になったんですね・・??
あと、今日は札幌駅18時30分発のバスを見てLED方向幕がどう書かれているか見ました。
あんまり変わりませんね・・・。
経由地を行き先の上に書くところはちょっと遠くて見えませんでしたけど・・
(8)定山渓温泉
と書かれてるのは確認できました。
一応、自分が確認した じょうてつ新車の藻岩高校前通過時刻を入れておきます。
定山渓方面に15時40分くらい(2本連続で見ました)
札幌駅方面に17時40分くらい(これがまだ未確認に近いデータ)
定山渓方面に19時10分くらい(これは完璧)
それでは・・・
石狩線さん、補足ありがとうございます。
ちなみにオートマチック車は「札22 あ 4344」で日野車です。(EEドライブ搭載)でした。今では廃車扱いだと思いますが・・・。そういえば石狩線さんが先に記載されたじょうてつバスの
LED車(三菱車)を目撃しました。早く言うならばJRバスと同じ
表記でした。ただ行き先表示が2段になってました。
西野第二線さん>takuさん・・・ですよね?(爆)
もしそうでしたら、リンクのお名前を書き直しておいたほうがよろしいでしょうか
>したがって,後面表示器を省略してきた事業者も
>好むと好まざると(新車の場合)必ず取付けることになります。
>バスはすでに義務づけられているようです。
中央バスなんかは頑なに後面表示器を取り付けていないような気がするのですが
義務づけられているとなると、これからの新車は後面表示器が付くということでしょうか
どんなカタチになるか興味深いですね(^^)
確かにLED化が進むかもしれませんし
琴似支局さん>
>埼玉、というか国際興業は「あからさまに??」頭文字ごとに振っているんですね。確かに、東京都内ではこのような会社はないのでは・・・。神奈中も、元々は同一営業所管内では同一数字は振らないようにしていたようですが、現在はそうでもないですね・・・以上!
国際興業のホームページに行くと、全時刻表が掲載されているので一目瞭然です
しかし私は神奈中も同じ方式だと思っていたので、認識が甘かったですね 失礼しました(^^;;
ちなみに私も確認し直してみましたが、京急バスは頭文字ごとです
>個人的には、旧栗山ターミナルのほうが居心地が良かったです。ちなみに旧ターミナルビルと、駅に移る前の仮設ターミナルは駐車場になっていました。
そういえば私がかつて栗山に行ったときの駅前のバス停も、簡素なものでした
今年は栗山に行っていないので分かりませんが、
配付時刻表で「栗山駅」の表示を見て感傷的になってしまいました(^^;;
せめて元のターミナルと同様以上の「居心地」を保って欲しいですね
石狩線です。
アバンセさん、こんばんは。「90番台」については、札幌(タ)→ 江別(タ)があります(90:角山・世田ヶ谷経由、91:上新川・大麻駅経由)から、エリアが広がるかもしれませんね。「70番台」も「澄73」を除く・・・と付け足すべきかもしれませんね(もともと市営バスの路線ですが、中央バスが市バスの系統番号「環80」を「澄73」に変更した訳ですから中央バス路線と考えるべきでしょうし・・・。中央バスのオートマチック車はわかりません(^^;。市営バスのファクトリー線くらいしか知りませんですし(爆)。バスの場合「P」にしたとき車輪をロックする「ツメ」がバスの重みで耐えられないためにオートマチックは適さない・・・ということを聞いたような記憶があります。好きな車両は・・・市営バスFUSOあたりかな・・・。
じょうてつバスのLED表示(でしたっけ?)を今日久しぶりにみました。前までは往復兼用の表示(起点と終点を表示、表示も幕と同じ形式)でしたが、今は< [55] 硬 石 山 > か < [55] 札 幌 駅 >と、経由も表示されていないシンプルすぎる(?)表示でした。宮の沢駅開業によって路線が再編される前のJR北海道バスの幕を彷彿させるような表示でした(笑)。
突然ですが、かねてからの懸案でありました中央バス専用掲示板を
試験的に設置しました
この掲示板においては、最近になって
私の得意とする空知地区の中央バス路線に関する話題が盛り上がりましたが
流れが二極化していたような気もしましたし(^^;;
話題が分散できれば丁度良いかもしれません
興味のある方はぜひお越し下さい お待ちしております
以下のアドレスからどうぞ
なお、この掲示板から中央バスの話題を排除しようというものではありません
あくまで、中央バスファンのためだけの掲示板を新たに設置したというものです
レスはまた後程
めっきり寒くなってしまいましたね。皆様、体調を崩さぬよう御用心下さいませ・・・。
>系統番号追伸
>室長さま
気になって、首都圏の番号附与を幾つか確認してみました。
埼玉、というか国際興業は「あからさまに??」頭文字ごとに振っているんですね。確かに、東京都内ではこのような会社はないのでは・・・。神奈中も、元々は同一営業所管内では同一数字は振らないようにしていたようですが、現在はそうでもないですね・・・以上!
>栗山と南幌
昨日、新しくなった栗山駅(バスタ)を初めて観察しに行きました。
札幌ターミナルから高速ゆうばり号を久々に利用したのですが、南幌ビューロー経由に加え、広域農道経由で南幌東町入口〜北長沼を短絡していたのも初めて知りました。「南幌ビューロー」っていうのは、南幌町の交通センターか何かとしての位置付けなのでしょうか。昨日はバスの中から眺めただけだったので、後日見てきたいと思います。
肝心の栗山駅は、ちょっとがっかりしました。
たしかに建築デザイン的には素晴らしいのでしょうし、一応バリアフリーになっているように見受けましたが、何とも中途半端、という気がします。駅自体の跨線橋が待合室(発券窓口:観光協会受託・バス発券兼務)から遥か彼方を遠回り、というのは論外として、バス乗場が雨ざらし、しかも待合室からわざわざ遠い場所にポールを立てた感じ・・・。自家用車で駅へのアクセスをスムーズにして、おまけ程度にバスを同居させた雰囲気ですね。どうせなら、バスの発着場を屋根で覆って、待合室と隣り合わせにしてくれれば・・・。個人的には、旧栗山ターミナルのほうが居心地が良かったです。ちなみに旧ターミナルビルと、駅に移る前の仮設ターミナルは駐車場になっていました。
見た感じ、栗山駅より南幌ビューローのほうが使い勝手が良さそうに思いました。南幌〜はちゃんとバス停に屋根があって、待合室に面していますもん・・・。
帰りは長沼ターミナルまで中央バスに乗り、JRバスで札幌に戻りました。北広島駅の東口バスタ?>ノーコメント・・・もとの砂利敷きよりは良くなったということで・・・。
続けて失礼します。
(879)の記事中,平成14年5月以後〜というのは
バス以外の鉄道車両等の施行期日でした。
バスはすでに義務づけられているようです。
お詫びして訂正します。
こんばんは。HNを改めて
参加させていただければ幸いです。
(通称)交通バリアフリー法により,平成14年5月以後
導入される新車については,前面,左側面,及び後面に
行き先を表示する事が基準で定められました。
詳しくは下の国土交通省のWEBでご覧になれます。
したがって,後面表示器を省略してきた事業者も
好むと好まざると(新車の場合)必ず取付けることになります。
札幌市内の事業者は(特に市営)後面表示器の部分に
大きな広告を貼り付けてきましたが,変更を余儀なくされます。
個人的には,中央バスの後面行き先幕がどうなるかに注目したい
ですね。ひょっとすると,全面LED化が進むきっかけになるかも
しれません。
じょうてつは今夏、藻岩線塗色車1台と定山渓線車2台を導入しました。(8月15日川沿営業所にて確認)3台とも前、側、後面にLED式電光行先表示器を装備、中扉にスロープを装備しています!
今年もこの季節がやって参りました。都心部のみの100円バス。
恒例行事となるのでしょうか。
おそらく各事業者ともに運賃表のデータ更新に追われていることでしょう。
じょうてつのワンステップ新車ですが三台です。
629が三菱ふそう、630がいすゞ、631が日野で、629だけ藻岩線塗装
となっております。
629は最初628だったんですが、札幌22かでも札幌市交通局から移籍の
628があるため、重複を避けて登録し直したものと思われます。
今回の車両はすべてLEDで後部にも表示があります。
噂では新車導入の際に後部表示も義務づけられるとのことですが。
石狩線さん、ご無沙汰しています。
案内放送に関してですが「次は真栄です(以下省略)」の場合
平岡営業所の場合は「次はしんえー」になるのに対し、
千歳営業所の場合は「次はしんえい」と不思議に「母音」が入っています。(大曲はちょっと忘れましたが)
系統番号の話ですが、葛西さんの話をもうちょっと展開するならば
僕の個人的な推測ですが00番台は「屯田・新琴似方面」、
10番台は「花川方面」、20番台は「拓北・丘珠・あいの里方面」
(篠路方面は「学園都市線」を当別に向かって東側)、
30番台は「太平・篠路方面(東8丁目・篠路通)」、
40番台は「手稲方面」に受け取れるのですがどうでしょうか?
ちなみに南方面は60番台は「北野・月寒東方面」と
「平岡ニュータウン方面」、70番台は大70を除いて
「南郷・白石方面」、80番台は国道36号を札幌市内に向かって
西側の「西 岡・清田団地・真栄団地方面」、
90番台は「上野幌・大曲方面」、100番台は真駒内方面と新札幌
発着便に「受け取れる」と思いますがどうでしょうか?
(ただし市営バスの移譲路線を除きますが・・・)
話は変わりますが中央バスには「オートマチック車」が合ったのを覚えているでしょうか?(78・79ではないですよ)私はこの車両
(4344・日野車)が「非冷房」ながら個人的に好きでした。
乗務員が「エコノミーモード」を使用するときのシフトアップの仕方
が独特で興味深かったです。ちなみに好きな車両があれば教えてください。
*管理者注*
この書き込みの一部を管理者権限で削除しました
公式発表前のあらゆる情報の流出は厳禁であり
また公式発表後であっても情報元を明記していただくようお願いいたします
たったいま、見ましたが、定山渓線色でのいすゞエルガが走っていました。
札幌200か(?)・630
というナンバーの車です。
方向幕はLED式でした。
石狩線さん>
>[宮47]の幕について疑問があるのですが、花畔行(往路)の幕には[宮47]の番号が表示されていて、宮の沢行(復路)の幕には[宮47]の番号が表示されていません(系統番号なしで行き先のみが表示)。これってなぜなのでしょう?。
COOさん>
>宮の沢行には、自信がないですけど、札幌タ−ミナルの幕に系統番号がなかったのは、汎用の幕を使用していたからではないでしょうか?
宮の沢行きは一系統しか存在しませんから不自然ですが
札幌ターミナル行きならば、幕の共用でしょうね
最近、金沢の北鉄や大宮の国際興業でも、系統番号の省略が見られます
こちらはコマ不足が主な原因のようですが、札幌の場合はどうなんですかね
(う〜ん、最近どこぞの部屋でしたばっかりの話だなあ(笑))
琴似支局さん>
>つまり、頭文字ごとに番号を設定しているわけではないと思われます。民営でも、系統数の多い神奈中などを除けば、同様ですね。
いえ、ご指摘の神奈中もそうですが、京急もそうだったような気がしますし
埼玉方面なんかはほとんどが頭文字ごとですよ
私が住んでいた上尾周辺だけみても東武には高崎線の駅発着のすべてに「01」がありました(爆)
今は一部が移管されてしまって系統番号自体が消滅してますが
東京ではご指摘の通りなんでしょうね(^^;;
Master Tさん>
>帰省中の23日に、以前から行ってみたかった「当別−青山−四番川」の道道を
>車で走ってきました。(要するにバス路線をトレースしてきたわけですが。)
私も一度だけ北海道にクルマで行き、この道をトレースしたことがあります(笑)
確か私の時はまだ青山中央まで残っていたような気がしますが(臨時四番川行きもあったかも?)
今は臨時便のみではなかったでしょうか(記憶薄)
石狩線です。
COOさん、こんにちは。札幌ターミナル行き幕を汎用していたかもしれませんね。JRバスも以前は、札幌行きの幕はすべて < [55] 札幌駅 > の幕でしたからね(往路では番号を分けていても、復路ではなぜか番号は同じ55だったという・・・(笑)。快速は別でしたけど)。往復兼用幕の時代に、手稲駅で一つの停留所を両方向とも使用していた時は、相当の混乱がありましたね。万が一、乗車ドアが開いたときにアナウンスが流れないと、悲惨な目に遭いかねなかった(アナウンス音が小さい時も同様)ですし。間違って乗車したお年寄りの方が、間違いに気づき、降りる姿も辛そうでしたし(この光景は未だ記憶にあります)。
>「ミナミ〜ヨンセン行きです」
>「シモミ〜タキバシ行」
私は「千歳ターミナル行」を案内する独特の音声(?)「チトセ〜ェ ターミナル行きです」が印象に残ってます。千歳ターミナル行きの案内音声は、昔からこんな感じだったような・・・。似たようなイントネーションになるはずの江別ターミナル行きは、普通に「エベツターミナル行きです」と案内されてます。千歳は独特ですね(笑)。
こんばんは。スーパー北海です。
たまたま部活の休憩中に外を見たんですけどじょうてつの新車らしき姿が見えました。
主な特徴は方向幕の表示が電光タイプであることです。
ちゃんと後方方向幕もついてました。
側方方向幕はノンステップバスのやつと同じ形でした。
あの時は暗かったんで電光表示だった以外のことはわかりません。
色は藻岩線みたいな変な色がはいってないように見えたので従来の色だと思われます。
それでは・・・・
こんにちは。皆様ごぶさたしております。Master Tです。
帰省中の23日に、以前から行ってみたかった「当別−青山−四番川」の道道を
車で走ってきました。(要するにバス路線をトレースしてきたわけですが。)
あの第一観光バスの路線は、「阿蘇岩口」から2つぐらい先の停留所で
止まっていて、その先は廃止されていたようですね。持参したマップルが
古いものだったので、阿蘇岩口以降も路線が記載されていたのですが。
もっとも、阿蘇岩口〜青山中央までほとんど何も無かったのにはちょっと
びっくりしました。
それから、厚田−青山中央間の道道の一部に路線バスが走っているようで、
(厚田村営バス?)知らなかった自分にとっては新鮮なドライブでした。
以上、掲示板の話の流れとは関係無く申し訳ありませんが、実走報告させて
いただきました。
みなさん、お久しぶりです。
石狩線さんこんにちは。
> 長恵線と手稲山口団地(札樽線)に40番台が。やはり「2桁」にこだわっているのでしょうか?(笑)。
ちなみに、手稲方面のジェイア−ル北海道バスでは、系統番号 85がだぶって使われていました。しかも、どちらも手稲駅北口からでていました。まぁ、しかし、片方は学生便(◯◯高校行)で、朝の1本しかなかったので、混乱はなかったです。
やはり、COOが思うに、ジェイア−ル北海道バスは、二桁の系統番号にこだわっていると思います。旧番号(青幕になる前)からずっと二桁で通していますよね。
旧幕の頃は、空知・長沼線が10〜39、札樽線が40〜72(99?)と系統番号が振り分けられていましたねぇ。市営バスからの移譲前までは、一桁の系統番号は、ありませんでしたから!!
> [宮47]の幕について疑問があるのですが、花畔行(往路)の幕には[宮47]の番号が表示されていて、宮の沢行(復路)の幕には[宮47]の番号が表示されていません(系統番号なしで行き先のみが表示)。これってなぜなのでしょう?。往路のみしか系統番号が表示されていない「珍しい路線」って、もしかすると、ここだけのような気もするのですが・・・?。(「西151」時代も、往路(手稲南4線or南線小学校行き)の幕には[西151]が表示されてますが、札幌方面行きの幕には、番号が表示されてなく「札幌ターミナル」のみでした。また路線番号の再編成によって「西151」が「45」に変更(終点が花川北3条1へ延長)された時も、往路(花川北3条1行き)の幕には「45」の番号が表示されていたのに対し、復路(札幌方面行き)の幕には番号が表示されずに、やはり「札幌ターミナル」の文字しか表示されていませんでした。事業者の何らかこだわり(?!)があって、復路の幕に番号を表示しなかったのでしょうか(笑)?。私はあったほうがいいような気もするのですが(でないと「番号」の意味がないですし・・・)。
宮の沢行には、自信がないですけど、札幌タ−ミナルの幕に系統番号がなかったのは、汎用の幕を使用していたからではないでしょうか?一時期(多分福住再編のあたり)、往復兼用の幕(45 札幌タ−ミナル⇔南4線)を使用していました(すぐになくなりました)。手稲線の場合、手稲駅で一つの停留所を両方向とも使用していたので、別々の方向幕を使用しなければならないのでしょう(市営バス苗穂北口線市立病院系統でも同様の問題が生じましたよね!)。
琴似支局さん、こんにちは!
>南4線
札幌ターミナルでの、「ミナミ〜ヨンセン行きです」っていう独特の節回しが懐かしい・・・。(わかります??)
南4線行は覚えていないですけど、下三滝橋行きの案内で「シモミ〜タキバシ行」と案内している人がいました。あぁ、実はそういうイントネーションだったんだと思いつつ、後日、再び聞いていると、「シモ、ミタキバシ行」と案内していました。
それでは、今日はこの辺で(^^)/~~
皆様、こんばんは。
>室長さま
>首都圏の多くは始めから頭文字(発着駅)ごとに番号を設定しているから、
>番号だけ見ればダブっているのが多いのは当然ですね(^^;;
フィールドの異なる話なので簡単に済ませます。
都バスに関していえば、頭文字と二桁の数字の組み合わせのうち、数字に関しては、一応、「元々は」方向区別があったものです。昭和47年、都バスが主導的に「頭文字+数字二桁」を採用し、首都圏に広まったようです。当時は二桁の(都心からの)方向区分が明確でしたが、郊外のフィーダー系統の増加によって番号が不足し、ダブるようになりました。
つまり、頭文字ごとに番号を設定しているわけではないと思われます。民営でも、系統数の多い神奈中などを除けば、同様ですね。
ただ、渋谷駅などを見ますと、多数社乗り入れのターミナルでもダブりに関してはある程度の配慮がされているようです。
・・・長くなってしまった・・・。
>で、中央バスの場合は、番号順にならべていたものに
>地下鉄駅発着系統のみ頭文字をつけるやりかたですし、市中心部発着便は頭文字なしですから
>ちょっとタイプが違いますね
現在の系統番号は、福住再編と同時に整理されたものであり、都心直通便が大幅に減少したため、これと地下鉄短絡便(当局がこれを重視している面も含め)を明確に区別するためのものと考えます。市営からの移譲路線との番号重複を除けば、従来からの中央バス路線では重複はなく、結局市営からの移譲路線の番号が・・・、ということになるものと思われます。
>全国的には、市営バスのように路線名で案内するほうがレアですね
札幌市営の路線名のつけ方は、ある種「芸術的」にさえ感じます。
このあたりが、バスの「土着」な部分でしょうね。
ただ、外部の方が理解できるかは甚だ疑問です。
札幌市営の現在の系統番号は、東西線(琴似〜白石)開業と同時に整理されたものですが、「東・西・南・北・白・環」を付すとともに、数字もある程度方面分類されいるのではないでしょうか。旧番号と新番号はかなり違いますからね。
>南4線
札幌ターミナルでの、「ミナミ〜ヨンセン行きです」っていう独特の節回しが懐かしい・・・。(わかります??)
石狩線です。
葛西様、ありがとうございます。市営は「東・西・南・北」を頭文字に入れてますが、中央バスは番号で振り分けられていたのですね。屯田方面の路線番号が「1」ではなく「01」と2桁で表示しているところが「00番台」らしいですね。JRバスのダブりはありますよね
>ASAQ様。長恵線と手稲山口団地(札樽線)に40番台が。やはり「2桁」にこだわっているのでしょうか?(笑)。調べた・・・訳ではないのですが、中学、高校時代(今から10〜13年前(年がばれる・・・(^^;))は、このような経路でした>M.K55様。琴似本通をよく利用していましたので「手稲南3線」の幕を掲げて中央バスが走っていた光景は鮮明に記憶しています。たしか富丘通過後、国道から旧国道へ(当時のこの交差点は国道から旧道が分岐する形のY字型の変わった交差点でした。今は道路整備で交差点が整備され、なくなってしまいましたが)入っていくような路線でした。
[宮47]の幕について疑問があるのですが、花畔行(往路)の幕には[宮47]の番号が表示されていて、宮の沢行(復路)の幕には[宮47]の番号が表示されていません(系統番号なしで行き先のみが表示)。これってなぜなのでしょう?。往路のみしか系統番号が表示されていない「珍しい路線」って、もしかすると、ここだけのような気もするのですが・・・?。(「西151」時代も、往路(手稲南4線or南線小学校行き)の幕には[西151]が表示されてますが、札幌方面行きの幕には、番号が表示されてなく「札幌ターミナル」のみでした。また路線番号の再編成によって「西151」が「45」に変更(終点が花川北3条1へ延長)された時も、往路(花川北3条1行き)の幕には「45」の番号が表示されていたのに対し、復路(札幌方面行き)の幕には番号が表示されずに、やはり「札幌ターミナル」の文字しか表示されていませんでした。事業者の何らかこだわり(?!)があって、復路の幕に番号を表示しなかったのでしょうか(笑)?。私はあったほうがいいような気もするのですが(でないと「番号」の意味がないですし・・・)。
あまり詳しくは調査していませんが、
現在のジェイ・アール北海道バスの系統番号にダブリがあります。
40番台(50番台も)が手稲方面と厚別〜長沼方面にあります。
=>思いっきり飛んだ番号になっている理由はわかりませんが・・・(^^;。
00番台〜・・・北方面
50番台〜・・・東方面
100番台・・・南方面
150番台・・・西方面
僕の調べた地図は昭和53年くらいの地図だと思われますが、石狩線さんが調べた資料は、いつくらいのですか?
年代がちがうと終点も変わるかもしれませんね。
石狩線です。
ありました>西151。思いっきり飛んだ番号になっている理由はわかりませんが・・・(^^;。路線は札幌ターミナル−(旧国道5号)−西町北20−(国道5号)−富丘−(旧国道5号:現在の二十四軒手稲通)−手稲本町1条1−手稲駅南口−(石狩手稲線)−やよい団地(今の前田6条付近)−南3線−南4線(−南線小学校:一部)という経路です。旧国道に沿って路線が走っていますので、路線の歴史(?)は、かなり古いと思います。終点は南4線(幕には手稲南4線と表示)もしくは南線小学校でしたが、南3線(幕には手稲南3線と表示)(集乳場?)が終点だった時代もあったと記憶しています。この路線は、今の宮47が元になってます(二十四軒手稲通り全面開通により「−(国道5号)富丘−」は廃止されました。
西151は札幌ターミナル⇒手稲駅⇒集乳場と行ってた路線です。
しかし集乳場がどういうものかはいま一つ不明です。
集乳場について何か知ってる人は、教えてください。
もう10年以上も前になりますが、中央バスで西151(札幌ターミナル〜手稲方面?)という番号の路線がありましたよね。なぜあんなに飛び抜けた番号だったのでしょうか?よく覚えていないのでどんな路線なのかご存じの方お願いします。一度だけ祖母と乗った覚えが…。
●系統番号
琴似支局さん>
>札幌くらいの規模の交通網だと、番号の重複は出来る限りなくしたほうがいいように思いますね。
>もっともダブッていても、問題なくやっていけるんだとは思います。例えば都バスのように、系統が増えすぎて同一数字がダブリまくり(頭文字で区分)というのもありますが、同一番号で利用者が混乱、などということは余り聞いたことがありません。正式にも業務上でも路線名というものはなく、系統番号が路線の固有記号ですが、ちゃんとやっていますから・・・。
首都圏の多くは始めから頭文字(発着駅)ごとに番号を設定しているから、
番号だけ見ればダブっているのが多いのは当然ですね(^^;;
もちろん、普通は頭文字と番号の両方を見ますから、混乱はないでしょう
で、中央バスの場合は、番号順にならべていたものに
地下鉄駅発着系統のみ頭文字をつけるやりかたですし、市中心部発着便は頭文字なしですから
ちょっとタイプが違いますね
まあ、どっちみち混乱などしないんでしょうけど(^^;;
それにしても都バスが路線名を持っていないとは知りませんでした
>札幌市内の中央バスは、路線名は持っていても放送テープは系統番号で案内していますし、系統番号を重要視しているのでしょうか。白石地区の移譲路線などは、市営バスの名残と言うか、路線名のほうが浸透しているように思うんですが・・・。
全国的には、市営バスのように路線名で案内するほうがレアですね
こういうところでは、確かに系統番号をそれほど厳密に設定する必要がないとも言えます
●トータル系統番号案
私も石狩線さんのように、中央バスの頭文字は意義が薄いような気がしています(^^;;
そもそも漢字の頭文字は外人には理解できないから嫌いなのです(笑)
3ケタにして100番台が麻生方面・・・とかにしたほうがよっぽどスッキリしますね
てなわけで私も賛成です
確か大宮・浦和辺りでは違う会社でも同じ系統番号は存在しないんじゃなかったかと思いましたが
逆に横浜では、市営が漢字ナシの通し番号、神奈中が発着駅ごと、
相鉄が営業所ごと、江ノ電が系統番号ナシで札幌よりも深刻な問題を抱えています(^^;;
●空港連絡バス
アバンセさん>
>テープ案内では「高速はやぶさ号」とは放送されなくなりましたよ。
そういえば、はやぶさ号という案内はいつしか見かけなくなりましたね
やはり麻生や宮の沢やいろんな空港連絡バスが増えすぎてしまったからなんでしょうか
●なつかしの路線
最後に、前回うっかりレスするのを忘れてしまったのでお応えします(^^;;
アバンセさん>
> 最後に室長中央バスで上砂川循環線・砂川市内線
>(砂川ターミナル〜北電社宅・循環便)、あと余市方面で余市
>ターミナル(現在は大川十字街)から稔中央や豊丘方面への便があったのを覚えているでしょうか?
砂川市内線は鮮明に覚えています 乗ったこともありますし
北電アパートに乗り入れる路線が消えるとは今でも信じられません
上砂川循環線はよくわからないまま消えていった路線ですね(^^;; 詳細をご存知でしたら教えて下さい
余市方面は時刻表でのみ記憶があります
今、何問目?さん、中央バスと市営バスでは平岸線などが同じ路線名(以下省略)とありますが、ちょっと前までは中央バスと道南バスで「高速はやぶさ号」がどちらも「新千歳空港連絡バス」としてありました。中央バスは「札幌市内発着」で道南バスは「室蘭発着」なので「誤乗車」する可能性が否定できませんでした。でも中央バスは
テープ案内では「高速はやぶさ号」とは放送されなくなりましたよ。
石狩線さん、琴似支局さんが記載されたように中央バスでは
同一路線名や番号が同じ路線があるので間違えの内容に記載しておきます。
たとえば同じ92でも大92上野幌線と南92滝野線があったり、
東17北光線と麻17南花畔通線、東87栄町線と福87有明線
22あいの里・篠路線と白22川下線(北郷2条経由)、
栄23栄町・教育大線と白23北郷線、白24川下線と
麻24あいの里教育大線、麻25東16丁目線と白25北都線
白35小野幌線と35篠路駅前団地線(北五番橋経由)等が番号が重複しています。
石狩線さん、白○○とありますがこれってあくまでも市営バス譲渡路線なので「わかりやすい」ようにしたのだと思いますが・・・。
あと83(西岡・美園線)ですがこれはもともと「都心発着」ですよ。(東豊線・福住開業前からあります)ちなみに系統番号が設置されてない路線は「平岡営業所〜清田団地・清田9の3」です。
あとこれは推測ですが番号だけは都心直通は本当ですがもうひとつ
「地下鉄駅」が終点ではないと言うことを意味しているのだと思いますが・・・(南郷営業所の業務が西岡営業所に移転する前までは
76の南白線 南郷営業所〜JR白石駅がありました)
最後になりますが少々長くなりましたがこの辺で失礼します。
あと、タイミングを見てJRの2002年3月のダイヤ改正の概要を
ちょっと書き込もうと思います。
石狩線です。
せいすけさん、回答ありがとうございました。最近「じょうてつ」については委譲された藻岩線にばかり目を向けていたもので^^;。
トータルな系統番号の設置は賛成です。改めて番号整理をしてもよいのでは?という気もします。私は最近思うのですが、中央バスの地下鉄の発着駅の頭文字(福95、麻27など)も、市営バスからの大量の路線委譲によって、意義が何となく薄れているような気もします(「白○」でも白石駅で乗り継ぎできないなど・・・現状サービス維持という条件がありますから仕方ないといえばそれまでですが)。「地下鉄駅発着」と「都心部発着」というものに何の意味があるのか?という気もしてきました。数字だけでも手稲駅発着のものは数字だけですし、中央バスの「83」も美園駅で乗り継ぎができるのに、あたかも「都心発着」をアピールしすぎでいるような気もしますし。中には系統番号が設置されていない路線もありますが、これについて思うことが一つあるのですが・・・。路線バスの系統番号をかたくなに1桁もしくは2桁で整理しているような気がするのは私だけでしょうか?真駒内、新札幌の一部に3桁の路線は一部ありますが、市営を100番台、中央を200番台などとしてもよいような気もします。
こんばんは。
琴似支局さん
>バス事業者の枠を越えて、トータルな系統番号が設定されてもいいようには思います。
いい案ですが、事業者同士の調整が問題ですね。
中央バスと市営バスでは同じ路線名(平岸線など)があり、しかも全然方向が異なっていますので、どちらを基準とするか、難しいところですね。
皆様おばんです。
最近ネタが不足気味のようですが・・・。
>室長様
遅れ馳せながら、北海道詣で(?)お疲れ様でした。
>同一系統番号のこと
札幌くらいの規模の交通網だと、番号の重複は出来る限りなくしたほうがいいように思いますね。
もっともダブッていても、問題なくやっていけるんだとは思います。例えば都バスのように、系統が増えすぎて同一数字がダブリまくり(頭文字で区分)というのもありますが、同一番号で利用者が混乱、などということは余り聞いたことがありません。正式にも業務上でも路線名というものはなく、系統番号が路線の固有記号ですが、ちゃんとやっていますから・・・。
中央バスの場合、旧東系統の番号整理以来、市営バスの移譲を受けてゴチャゴチャになってきていますが、将来的に改めて番号整理も必要でしょうね。ただ、タイミング的に市営バス路線移譲の「もうワンステップ」を踏んだ後よりもあと、という気はします。
もう少し理想というか私の考えを述べれば、ここまで市営バス・民営バスを問わず、札幌市の交通ネットワークを形成しようとしている現在、バス事業者の枠を越えて、トータルな系統番号が設定されてもいいようには思います。
札幌市内の中央バスは、路線名は持っていても放送テープは系統番号で案内していますし、系統番号を重要視しているのでしょうか。白石地区の移譲路線などは、市営バスの名残と言うか、路線名のほうが浸透しているように思うんですが・・・。しいていえば(最近はわかりませんが)、福住再編と同時移譲の西岡3線は、テープ案内は路線名ですね。同じ西岡所管でも、従来からの中央バス系統(月82など)や移譲路線の滝野線(南92)などは系統番号案内ですけどね。
今日、中央バスの路線案内作成に向けて(いつ完成するかは不明(爆))
札幌事業部の路線をチェックしていましたが
最初、完全に系統番号順に並べる予定だったのが
市営からの移譲路線が割り込んできてややこしいことになってしまったので
こだわるのはやめました(爆)
同じ社内で同じ番号があるのは、やっぱり不都合が生じるなあ(^^;;
実際は他愛もない問題なのでしょうけど
いずれは整理するのでしょうか
アバンセさん>
> 美唄号が岩見沢経由で運行してみたり(当時の特急便は全便芦別までの運行で滝川止まりはなかったような気がするが・・・)
>特急岩旭線(国道経由・現在は廃止)が4往復あったり、
>目まぐるしくダイヤ改正のたびに変更になったのを覚えています。
びばい号は岩見沢開通時で岩見沢(タ)経由でしたが(たきかわ号は非経由)
美唄IC開通時に全便美唄直行になっていますよ
みかさ号が、以前に話題になった通り、
1往復だけ三笠IC経由の「スーパーみかさ号」が用意されたりしましたけど(笑)
特急岩旭は・・・はっきり憶えが無いですが、美唄開通時頃にはほとんどなかったような?
経路が変わらないのは特急札滝・札芦ですね(笑)
滝川止まりは当時もありましたよ 日中は札滝・札芦が一時間に一本づつでしたから
経路は変わらずとも、停車停留所はめまぐるしく変わって私も最近はついていけてませんが(^^;;
部屋を整理して古い時刻表が出てきたらこの辺の変遷を紹介します
室長、返答ありがとうございます。滝川まで高速道路が延長した前後ってはっきりいって「訳わからない」と思いませんか?
美唄号が岩見沢経由で運行してみたり(当時の特急便は全便芦別までの運行で滝川止まりはなかったような気がするが・・・)
特急岩旭線(国道経由・現在は廃止)が4往復あったり、
目まぐるしくダイヤ改正のたびに変更になったのを覚えています。
室長が記載されていた滝川号(砂川経由)が障害者能力開発校や
宮川町に停車して2年ぐらいになりますよ。
しかも17日に室長が記載された「えんがる号」は今年度中には
旭川・紋別自動車道(国道450号)の上越(上川町)〜白滝間の
供用が見込まれるので「乗せ換え」もあるかも知れませよ。
もし乗せ換えがあるならばヘアピンカーブの多い「北見峠越え」が少し楽になるし、所要時間の短縮も見込めると思います。
しかし、気がかりなのは道央道の長万部〜国縫間の開通により
長万部の「かなや」が通過点になるので八雲か森に休憩地変更するのでしょうね。かにめし好きの私は残念だけど・・・
最後に室長中央バスで上砂川循環線・砂川市内線
(砂川ターミナル〜北電社宅・循環便)、あと余市方面で余市
ターミナル(現在は大川十字街)から稔中央や豊丘方面への便があったのを覚えているでしょうか?
時々変なのが紛れ込んでいるようですが
気にしないように願います
アバンセさん>
> あと、高速「すながわ号」はあったと思いますが・・・
>経路は室長の記載どおり「奈井江経由」で4往復ぐらいあり、滝川号はその時全便「滝川IC経由」だったように思います。
それは「たきかわ号」です
美唄ICまで開通の時は全便奈井江・砂川に停車しながら滝川に行っていましたが
滝川IC開通時に「たきかわ号」が30分毎に大幅増発されるとともに
美唄IC経由・奈井江砂川IC経由・滝川IC経由の三種類が用意されました
砂川に停車する便が美唄IC時代から変わらないように推移しているようで
美唄ICと奈井江IC経由合わせて7往復程度だったんじゃないかと思います
そうそう障害者能力開発校や宮川町に止まるようになったのはだいぶ後のことですね
これが特急便のように空知工場に止まってくれると、私は喜んで使うんですけどね(爆)
> すすきので「藤野4条5丁目ゆき」のじょうてつバスをみました。いつのまに・・・って思いでした。いつから札幌までの直通バスが運行されたのでしょう(^^;)。
この事については、平成12年12月1日のダイヤ改正で、1日4往復運行
されています。
室長、確か「高速かもめ号」は1日4往復だったと思います。
朝1番の空港行は6:00で所要時間は1時間20分なので東京行の
朝一番の航空機(当時の朝一便は8:00)に間に合いました。
推測するからに「冬期間の定時制確保」や「高速道路の気象
条件による通行止め」がネックだったように思います。
ちなみに室長が記載された「高速そらち号」は2000年
12/1のダイヤ改正から上記の理由により「冬期間運休」になってます。
なお現在は芦別営業所担当便のそらち号は新千歳空港行を例に取ると「そらち号」から「地下鉄大谷地駅行」になり、
国道12号を「回送」して「ふらの号」で戻るパターンになってます。
あと、高速「すながわ号」はあったと思いますが・・・
経路は室長の記載どおり「奈井江経由」で4往復ぐらいあり、滝川号はその時全便「滝川IC経由」だったように思います。
(携帯時刻表に記載されていた記憶がありますが)
あっそうそう、8/1から道南バスの「札幌・伊達線」が運行しています。(自分で記載しておいて記入し忘れる自分が
情けないが・・・)
停車停留所は伊達行を例にとると
札幌駅前−時計台前(札幌行のみ)−大谷地ターミナル-白鳥台中央
黄 金−南稀府−カルチャーセンター−伊達市役所前-伊達駅前
となります。発車時刻は札幌行が7:30、
伊達行が16:40です。運賃は札幌からは白鳥台まで2,000円
黄金まで2,200円、南稀府まで2,300円、
カルチャーセンターまで2,400円、
伊達(市役所・駅前)まで2,500円です。運用はセレガGJが基本になってます。
(p・s今回じょうてつバスに導入された車両の形式はわかるのですが、エンジンの形式の判る方はご教示いただけないでしょうか?)
>「市営ーっ!!」のポスターありましたよね!
2年くらい前、所用で交通局本局(厚別区大谷地東)に行ったところ、当時1階にあった「定期券発売所」の裏の事務室の壁にそのポスターが貼ってありました。やはり交通局の方はその当時の熱意を忘れないように、という願いを込めて貼ってあるのでしょうかね!
ありました!>「市営ーっ!!」
市営バスに「イヤミ」のキャラクターが貼られていましたよね。個人的にはウケたのですが「利用客増」に繋がったのかについては個人的には疑問に思ってますが。
すすきので「藤野4条5丁目ゆき」のじょうてつバスをみました。いつのまに・・・って思いでした。いつから札幌までの直通バスが運行されたのでしょう(^^;)。
>しかも千歳に10時に着陸し,10時8分のバスに間に合ってしまったという(笑)
航空ダイヤを参照すれば分かることですが
共に12時の間違いです
大変失礼しました
Dr.Sawatsch!@北36東1で下車 です(笑)
10日に北海道に来て,はや1週間 明日は内地へ向けて移動します(^^;;
10日は小松→札幌便に搭乗し,
千歳から麻生行き高速バスで札幌の親戚宅へ向かいました
しかも千歳に10時に着陸し,10時8分のバスに間に合ってしまったという(笑)
便利ですねえ(^^;;
札幌北インターを降りてすぐにバス停があるとなお便利なのですが
北35西5まで止まらないので,そこから歩きました
しかし創成川を渡る橋がなくて遠回りをしてしまい
麻生から歩いてもたいして変わらなかったような気がしますが・・・(爆)
まあ便利ですねえ(^^;;
11日は去年乗れなかった「スーパー宗谷」に乗ることをメインに
名寄から名寄本線転換バスを乗り継いで遠軽まで行き
高速えんがる号で戻ってくる日帰り旅行をしてきました
「スーパー宗谷1号」は時期が時期だったので満員を予想していたのですが
増結の自由席に並ぶ人が少なくて,余裕で座れました(笑)
混雑はしていましたが,旭川までの区間利用が多い列車ですね
名寄から興部までは名士バス,興部からは北紋バスでした
どっちも喫煙が可能という私にはすばらしい環境でしたね(ぉぃ)
そんなにバスの中で吸おうとは思いませんが,北海道らしいです(^^;;
名寄からのどのバスも空いていましたが,
えんがる号もまた空いていました
しかもただでさえ少ない乗客が白滝で半数降りてしまうという(^^;;
ほとんど「あさひかわ号」でしたね(爆)
12日から15日からは例によって焼尻島へ
16日は滝川で墓参りをして今日札幌に舞い戻り
とある人物と密会(ぉぃ)を開いていました
詳しくは後ほどレポートにするつもりです(十分詳しいって)
==========
アバンセさん>
>但し、小樽号と比べると「空いている」というのがありました。
>直通してからは「速い」というイメージがあり「快速エアポート」と
>比較しても「時間が若干遅くても安い」のがとりえだったと思います。
それはどの高速バスにも言えるんですが
千歳連絡としては本数が少なすぎたんでしょうねえ
かたや「そらち号」が変わらない状態で生き残っているのが不思議ですが
なにぶん縁がなくて使ったことがないので何ともコメントできません(^^;;
>滝川まで来た時なんか「高速すながわ号」まであったのですから。あと富良野と旭川へは滝川で「トイレ休憩」とありますが「留萌号」もだと思います。(網ポケットの中に「トイレタイム中」の札があったような・・・)
すながわ号ってのはなかったと思いますけど?(^^;;
今はなき,美唄インター経由奈井江駅通(現奈井江駅前)停車便ならありましたけど
それから,るもい号は滝川が完全乗降扱い停留所なので
「トイレ休憩」とは呼ばなかっただけの話です
もちろん,札を掲げてトイレに行くことは可能でしたよ
あさひかわ号とふらの号は札幌方面からの乗降が出来ないので,あくまでトイレ休憩なわけです
daisukebeさん>
> ちなみに私の友人は、そのときのイヤミ氏がデザインされたテレカを持っています「市営ー!!」ってやつね。ああ、俺も買っておけばよかった。10枚くらい…。差し詰め今なら共通ウィズユーカードになるのでしょうが。
ネタとしては面白いですねえ
確かに見てみたいです
こんにちは、daisukebeです。
もう12〜13年前でしょうか、札幌市交通局のイメージキャラクターに、赤塚不二夫画伯の「イヤミ氏(シェー!!で有名な)」が使用されていた時期がありましたね。
私は、個人的にあれは大好きでしたね。
イヤミ氏を札幌市交通局の恒久的なイメージキャラクターにしてもらいたいと思っているのは、私だけでしょうか?
ちなみに私の友人は、そのときのイヤミ氏がデザインされたテレカを持っています「市営ー!!」ってやつね。ああ、俺も買っておけばよかった。10枚くらい…。差し詰め今なら共通ウィズユーカードになるのでしょうが。
> そうですね!札幌も、バス同士の乗り継ぎ割引があると、なおいいのですが…。
盛岡では、7月から一部の路線でバス同士の乗り継ぎ割引がスタートしました。乗り継ぎ方法は札幌の地下鉄の場合と同じで、バス降車時に乗り継ぎ券を取る方式です。ただ盛岡では初めての試みなのでかなり混乱しているようです。
盛岡では、盛岡駅から某団地ターミナルまでの「基幹バス」と、団地内循環の「支線バス」に分けましたが、やっぱり札幌の場合と同じく運賃が割高に(直通の場合よりも)なるようです。札幌でバスと地下鉄の乗り継ぎ割引がスタートしたときはどんな様子だったのでしょうか。
室長、約2週間ぶりです。
そういえば、かつて中央バスで「高速かもめ号」がありましたよね。
今を思うとやはり「あってもよかったのでは」とつぐつく思います。
私も札樽道と道央道が直結する前後に乗ったことがありますが。
直結するしないで20分ぐらい違いますねぇー。
札幌市内(円山)経由のほうがやっぱり乗降があったと思います。
但し、小樽号と比べると「空いている」というのがありました。
直通してからは「速い」というイメージがあり「快速エアポート」と
比較しても「時間が若干遅くても安い」のがとりえだったと思います。
室長、話は変わりますが高速道路が「旭川鷹栖」まで開通する前までは高速バスの路線が目まぐるしく変更になったことを覚えていますよ。滝川まで来た時なんか「高速すながわ号」まであったのですから。あと富良野と旭川へは滝川で「トイレ休憩」とありますが「留萌号」もだと思います。(網ポケットの中に「トイレタイム中」の札があったような・・・)
最後になりますが2階バスの表記は岩見沢号だけだったような気がしますが・・・ではこの辺で失礼します。
そうですね!札幌も、バス同士の乗り継ぎ割引があると、なおいいのですが…。
石狩線です。
定山渓駅さん、このアナウンスも丁寧ですよね>石山2条2。石山2条8でアナウンスすれば「川沿16条2経由」便にも乗り継げるような気もする・・・のは、私だけが思ってるのでしょうか(笑)。
今日は運転免許試験場に行ったのですが、昔は札幌駅発試験場行きの便では、手稲町(手稲本町)で「このバスは手稲駅には入りません」とアナウンスされていたのですが今はどうなんだろう・・・。今日は手稲駅までJRに乗って、手稲駅北口から乗り継いだので確認はできなかったのですが。
明日から北海道に行きます(笑)
しかも珍しく飛行機で(^^;;
一日一本しかない小松→札幌も、今年乗らなきゃ一生乗らないだろうなあと思ったら
全日空のホームページを開いていました(爆)
それでは、そういうことで(何をだ?)
石狩線さん、じょうてつバスでは、今も(12)定山渓・簾舞→真駒内駅線の「石山2条2」で「この車は、真駒内駅行です。札幌方面へおいでの方はこちらでお乗り換え願います。お降りの際は足元にご注意願います。」と非常に丁寧なんですよ!
また空知ネタですね はい(爆)
栗山さん>
>ということは、茂世丑線は当初
>
>岩見沢駅〜(国道)〜志文駅前〜渡船場〜茂世丑局〜湯地神社〜栗山駅前
>
>という経路だったと考えるほうが自然かも知れません。
>(少なくとも資料からですが)
栗山さんのおっしゃる通りだったんでしょうね
考えてみれば、国鉄は万字線をわざわざ志文駅から分岐させていますし
道路もまずは川の流れに沿った道しかなかったのかも知れません
>問題は上幌橋ができるまえはどうしていたのかということですが、もしかすると船にバスを乗せて運んだのかもしれません。
>(他の系統にそういう例があったように思います)
そんな例があったんですか(^^;;
時代を感じさせますね
沢さん>
> 北海道新聞の折り込みチラシで中央バス時刻表が入ってきた際、当時は「ローカル路線と特急便・高速便の発車時刻」が掲載されていたものと、「特急便・高速便の主要停留所発車時刻」が掲載されていたたものの2種類が折り込まれていましたが、後者に書いてあったように記憶しております。なお、両者とも、ターミナルで配布されているものとは違い、かなり大きなものです。
ありましたね(^^;;
よく親父の実家に飾ってありました
今は見かけないのは、なくなったのか、バスを使う人が身内にいなくなったからなのか・・・??
おばんでございます、石狩線です。
宮の沢行きはちょっとわかりません(^^;)。宮の沢発は存じておりますが・・・。「42 札幌駅−(発寒団地・樽川通経由)−手稲公営住宅中央」のアナウンスは丁寧でした。札幌駅から発車したバスに乗ると、宮の沢(もしかしたら上手稲(現:西町北20)だったかな・・・?)で「このバスは発寒団地経由ですので、富丘、手稲町方面の方はお乗り換えください」とアナウンスされますし。
石狩線さんおはようございます。
> 「手稲営業所前→琴似本通」
そういえばありましたね。確か、青地・白抜きの幕にも「琴似本通」の幕があったので、かなり最近まで運転されていたと思います。折り返しスクール便に使われていたとなると地下鉄東西線宮の沢延長時に廃止された可能性が高いですね。
そういえば、むかーしむかしに「宮の沢」行があったのを御存じですか(地下鉄が延長されるズ−ッと昔)?手稲公営住宅中央から運転されていたんですけど、いつの間にか廃止されていました。そのなごりとして、地下鉄延長まで、宮の沢発の便が3本運転されていましたけど。
>ちなみに他の系統の系統番号については・・・
51 札幌駅(空知)−手稲追分
53 札幌駅−手稲町
55 札幌駅−手稲営業所前(快速も同じ)
57 札幌駅−手稲鉱山(快速(復路のみ)も同じ)
59 札幌駅−星置駅(快速も同じ)
手稲公営住宅中央方面(曙陸橋から海側に降りていく路線)は、ばらばらでしたね・・・と思ったら
40 札幌駅−(手稲駅南口・樽川通経由)−手稲公営住宅中央
41 札幌駅−(手稲駅南口・曙通経由)−手稲公営住宅中央
42 札幌駅−(発寒団地・樽川通経由)−手稲公営住宅中央
43 札幌駅−(発寒団地・曙通経由)−手稲公営住宅中央
48 札幌駅−(発寒団地・樽川通経由)ー工業大学前
80 札幌駅−運転免許試験場(快速も同じ)
83 札幌駅−(手稲駅南口・曙通経由)−稲西高校前
85 札幌駅−(手稲駅南口・曙通経由)−稲北高校前
ざっとこんなものでしょうか。以外と、40代と80代に集中してたんですね。
ちなみに、札幌駅発の41は、夕方に1本のみ(日曜・祝日は2本)、43は、札幌駅発がなく、札幌駅行きのみが1本(日曜・祝日は2本)、札幌駅発の85は1本のみで手稲駅南口に入りませんでした。
まずい、かなりマニアックになってきてしまった。
ずっと昔の話(?)ですが・・・
朝の早朝に「手稲営業所前→琴似本通」という系統も運行されていました。系統番号は55で、2本運行されていました。札幌駅まで行かないため乗客はガラガラでしたが・・・(琴似本通到着後は、手稲方面の高校のスクール便に振り返られました)。JRバスが琴似駅へ乗り入れられてからも、しばらくは存在していたような・・・?。
ちなみに中央バスでは「琴似本通始発(7:20)→手稲南4線」(この時は「手稲」が表示されていた(笑))もありました。手稲高校のスクール便対応だと思います(琴似本通までは営業所(どこだったかな?)回送で運行されていました)。石狩なのになぜ「手稲」がつくのか疑問なのですが、これって「手稲方面・南4線行き」と解釈するべきだったのでしょうか?・・・ちょっと疑問ですが
石狩線です。
> 札幌駅−手稲町
ありました!。懐かしいですね。この系統の系統番号は53で(53になる前は手稲町行が52,手稲町発は55でした)本数は手稲町行は2本、手稲町発は3本(このうち1本は[手稲営業所]→(回送)→[手稲町]→(53)→[札幌駅]です)でした。稲雲高校の下校時刻にあわせ、3本とも14時〜16時台に運行されていました。ちなみに他の系統の系統番号については・・・
51 札幌駅(空知)−手稲追分
53 札幌駅−手稲町
55 札幌駅−手稲営業所前(快速も同じ)
57 札幌駅−手稲鉱山(快速(復路のみ)も同じ)
59 札幌駅−星置駅(快速も同じ)
・・・で、すべて50代で、2つおきに番号が飛んでおり、わかりやすかったです。これになる前は往路と復路で系統番号が異なっていました。
51 札幌駅(空知)→ 手稲追分
52 札幌駅 → 手稲町
53 札幌駅 → 手稲営業所前
56 札幌駅 → 手稲鉱山(or 手稲鉱山通)
48 札幌駅 → 星置駅
※ 札幌駅行きは、いずれも「55」(幕は1つで済んだ)
小樽行きの快速も今は65ですが、65になる前は、札幌駅→小樽駅が60、札幌駅→小樽駅が65でした。私は、この系統の方向幕(下に書いてみました)が下地が白で文字が緑色だった時の(青下地に白抜きになる前)幕が好きでした。経由の表示がない分、文字も大きくて見やすかったですし、表示がシンプルでダイレクトだったし、「緑色」っていうのも気に入ってましたし(遠くからみてもこの幕は存在感があった(笑)。快速=緑色ってのがわかるし)。何より「快速」っていう表示がすがすがしかったです。昔使用されていた高速車にもこれが組み込まれていましたが、幕が小さいのであまりパッとしません(やはり一般車は存在感があったな〜)。
・[60](快速)小樽駅
・[65](快速)札幌駅
・・・長々と失礼しました。
>(1・2・4)運用車の整備時には(3)の同等車と入れ替えて運用されます。
は
(1・2・3)運用車の整備時には(4)の同等車と入れ替えて運用されます。
の間違いです。
琴似支局様、KOHEI様、皆様こんにちは。
札幌市交通局の車両運用ですが、手元にある公表可能な正式資料から分析してみました。いずれの数値も平成13年4月1日改正の平日用の基本的なものです。ファクトリー線はのぞいています。
車両運用数ですが次の通りとなっています(学生増発を除く)。
(1)全日フル走行する車両 26両
(2)全日フル走行に近い車両 1両
(3)15:00頃までに終了する車両 12両
(4)朝方と夕方のみ走行する車両 36両
(5)朝方のみ走行する車両 2両
これらに運用される車両は次の通りです(学生増発用を含む)。
(11)94代以降の「緑バス」 35両
(12)90〜93代の冷房車 26両
(13)89代の冷房車 13両
(14)88代以下の非冷房車 24両
車両運用に対する車両の振り分けですが、
(2)と(3)には(13)の全車を割り当てています。
(1)には(11)から年式順に26両を割り当てています。
(4)には(11)の残り9両、(12)から24両、(14)から3両を割り当てています。
(12)の残り2両は中型車であり、基本運用からはずれています。
(1・2・4)運用車の整備時には(3)の同等車と入れ替えて運用されます。
構内における留め置き場所ですが、東営業所で聞いた範囲では、
庁舎前片側は、予備待機車・最終入庫車に主に運用される車両、
反対側には早朝出庫車に主に運用される車両、
その他はメーカー毎(日野、日産いすゞふそう)、
一番遠いところにファクトリー車、学生増発車
となっているそうです。
みなさんこんにちは。
さて、厚別営業所−手稲追分路線についてのレスありがとうございます。その後のCOOの調査(?)によりますと、1995年12月の時点では、まだ存在しております。また、97年4月1日改正ではもう存在していないので、96〜97年の間に廃止された模様です(ちなみに、95年12月から97年4月の間の時刻表を持っていません(T_T))。
ついでなんで、長沼方面の快速も調べてみました。95年12月の時点では、すでに快速は廃止されていました。COOが北広島駅行の快速に乗ったのが95年の6月の終わり頃なので、95年12月に廃止されたと推測されます。
さらに調べたところ、94年3月の時点で北広島駅行が1本、そしてなんと、92年12月の時点で北広島駅行が2本運転されています!!(しかも、7:20と7:30)その前の事は、資料がないため分かりませんでした。
厚別営業所−手稲追分の話題のついでに、札幌駅−手稲追分と札幌駅−手稲町(現:手稲本町)の系統もありましたねェ〜。手稲町行は2本あったように記憶していましたが、94年3月の時点では1本しか運転されていません。しかしこの系統、手稲本町に停留所名が変わった後もしばらく運転されていました。自信はないですが、両系統とも地下鉄東西線宮の沢延長まで運転されていたような気がします。
またまた長くなりそうなので、今日はこのへんで。
さわっち様、沢様、コメントありがとうございます。
私のほうはあくまで資料から読みとれるものしかわからないのですが、
万字線の開業は茂世丑線の一年後で、
昭和26年2月13日
万字線(岩見沢駅前〜美流渡駅前経由〜万字郵便局前)の渡船場〜万字郵便局前間免許
とあります。つまりこの時点で国道方面から渡船場までは既に路線があったことになります。
さらに
昭和26年3月30日
栗沢万字線(栗沢駅前〜万字郵便局前)の栗沢駅前〜茂世丑局前間免許
とあり、これが栗沢から茂世丑へ上る路線になります。
ということは、茂世丑線は当初
岩見沢駅〜(国道)〜志文駅前〜渡船場〜茂世丑局〜湯地神社〜栗山駅前
という経路だったと考えるほうが自然かも知れません。
(少なくとも資料からですが)
万字線のほうは昭和44年時点で27.2キロ、昭和59年時点で26.7キロと行程が少なくなっているのですが、これは志文駅前を経由しなくなったためと考えられるでしょうか。
問題は上幌橋ができるまえはどうしていたのかということですが、もしかすると船にバスを乗せて運んだのかもしれません。
(他の系統にそういう例があったように思います)
あくまで資料からの推測なのですが、ご意見を賜りたいと思います。
> 札幌では市営バスを追いかける機会が多かったのですが、日中は意識的に「緑バス」を運用している感じですね。赤バス[ひ90]以降の車で日中をまかなっているように見受けました。[に・い89]以前の車はラッシュ時中心なのでしょうか。なんだか時代を感じます。気のせいか、各営業所内の車両配置が「赤バス」と「緑バス」で分離されているような気が・・・。
私の場合逆に、朝、環状通東ターミナル付近では、[ひ96]等の「緑バス」がやけに多く、夕方は[に95]以前の車(「赤バス」を含む)を多く見かけるような気がします。日中はランダム(?)に、「緑」と「赤」が来るような気がします。(気のせい?)
こんにちは。沢です。何だかんだ言って、最近岩見沢の中央バスはめっきり乗る機会が減ってしまいました...
栗山さん>
>昭和25年3月22日
>茂世丑線(栗山駅前〜岩見沢駅前)の岩見沢4条西11丁目〜志文駅前、湯地神社前〜長谷川商店間免許
さわっちさん>
>でもこれによると志文駅を経由してたんですかね?(^^;;
昭和25年なら、まだ「旧渡船場」の停留所から分岐する道路(道道三笠栗山線)に、まだ橋が架かっていない頃かと思われます。
いつ橋が架かったかまで、わかりませんが...
さわっちさん>
>確か時刻表にも二階建て使用便は記載があったと思います
ありました。
北海道新聞の折り込みチラシで中央バス時刻表が入ってきた際、当時は「ローカル路線と特急便・高速便の発車時刻」が掲載されていたものと、「特急便・高速便の主要停留所発車時刻」が掲載されていたたものの2種類が折り込まれていましたが、後者に書いてあったように記憶しております。なお、両者とも、ターミナルで配布されているものとは違い、かなり大きなものです。
>札厚線は現在も「石狩八幡町経由」ですよー。
いつかのダイヤ改正で、急行便が八幡町に入らない(特急と同じように八幡町入口のみ)になりませんでしたっけ?それとも変更後元に戻りました??失礼致しました。
>母子会館は、八幡町に入っていた頃の急行・札幌〜厚田線などが回転に利用していました。
札厚線は現在も「石狩八幡町経由」ですよー。
沢さん>
> あくまで自分の推測に過ぎませんが、茂世丑線は岩見沢ターミナルを出て、途中までは万字線のルートで行き、「旧渡船場」停留所から分岐していたのではないでしょうか。
おそらくその通りです
昔に見た「岩見沢市」地図のバス路線表示ではそうなっていました
これが茂世丑地区で切れてしまっていて,
私としてはむしろそこから先が分からなかったのです(^^;;
栗山さん>
>茂世丑線(栗山駅前〜岩見沢駅前)の岩見沢4条西11丁目〜志文駅前、湯地神社前〜長谷川商店間免許
でもこれによると志文駅を経由してたんですかね?(^^;;
アバンセさん>
>当時は高速道路が「美唄」まであったと思いますが。その時は滝川号が5往復で旭川号が16往復ぐらいだったと思います。
美唄開通時ですと,たきかわ号の他にふかがわ号も1往復あったんじゃないですかね
どちらも奈井江・砂川停車で,るもい号は滝川まで直行で,2往復だけさらに深川を経由
ふらの号・あさひかわ号は滝川でトイレ休憩
岩見沢開通時点ではたきかわ号は美唄にも停車していました
びばい号は岩見沢を経由し,実際美唄に行くにはたきかわ号の方が便利だったという(^^;;
二階建てバスも確かにありました(先頭に乗ったことあり)
確か時刻表にも二階建て使用便は記載があったと思います
この頃は特急札滝・札芦全盛期で(どちらも一時間毎くらい)
まだまだ特急で札幌に行くのが珍しくない時代でした
個人的には滝川開通が一番の転機であったと感じています
皆様、こんばんは。国元から江戸屋敷に戻った琴似支局でございます。
札幌では市営バスを追いかける機会が多かったのですが、日中は意識的に「緑バス」を運用している感じですね。赤バス[ひ90]以降の車で日中をまかなっているように見受けました。[に・い89]以前の車はラッシュ時中心なのでしょうか。なんだか時代を感じます。気のせいか、各営業所内の車両配置が「赤バス」と「緑バス」で分離されているような気が・・・。
>アバンセ様
ありました、2階バスの「いわみざわ号」。私、中学の通学路が札幌インターの近くでして(場所がばれるぅ)、下校時によく見ました。あの天井の高いバスが、旧岩見沢ターミナルの入口通路を通れたのでしょうか。
ちなみに当石線の母子会館は、八幡町に入っていた頃の急行・札幌〜厚田線などが回転に利用していました。
>FUNABASHI様
>こんばんは。朝の7時台に1便あったと思います。12号線を走る札幌方面のバスで札幌駅に入らない唯一の便だと、思いましたが・・・。
お久しぶりです。
空知線→手稲追分は空知〜札樽の唯一の便でした。存在意義はいまいちよくわかりませんでしたが。ずっと昔に幾分かの本数があったのかもしれませんが、JR化後はこの0.5往復のみ。札幌駅発の米里線のように、しつこいくらいに「札幌駅には行きませんよ」といったことを言っていた記憶がありますが・・・。
マイナーかもしれませんが、サッポロファクトリーが開業したとき、確か日祝ダイヤのみ、札樽線→サッポロファクトリーがありました。
いつのまにかなくなっていましたけれど。
>東豊線
東豊線の放送のことを見ていて、思い出しました。
明石の件もあって札幌ドーム周辺の歩行者誘導が課題になっておりますが、福住駅自体が波動輸送に対応できないのではないでしょうか。ただでさえ、省エネタイプの狭いホームのうえに、少ない地上との出入口。福住と同じ、Wカップサッカースタジアム最寄駅の埼玉高速線浦和美園駅は、波動用の広い予備ホームと巨大なコンコースを有し、「やる気」を感じさせます。札幌市ではイベント時、シャトルバスの利用を呼びかけていますが、根本的な対策が必要と思いますね。以上、主観でした。
COO さん、こんにちは。
781系ですが、
試作車(900番台)竣工 78.11
78.冬期間 耐寒試験を実施
79.3.19 「いしかり」として営業開始 485−1500番台と共通運用 使用本数 781−900 6両編成1本 485−1500 6両編成3本+予備車4両(クハ2両 モハ1ユニット2両)
80.6〜7 781量産車竣工 6両編成×7本
この年のダイヤ改正は10月でしたが、781系量産車は ダイヤ改正を待たずに営業投入され、485−1500 22両は盛アオに転属していきました。
80.9 「いしかり」運転終了
80.10千歳線・室蘭本線 白石〜室蘭 電化開業
「ライラック」運転開始
余談になりますが。
この改正により、711ー100・200番台に置き換えられるかたちで札幌圏からキハ21が消えました。もう 20年以上前に なるのですね。
廃止された路線の話も下火になってきたところで、思いきってこの路線を上げましょう!!
>
> ● 厚別営業所前−手稲追分
>
> この便だけ空知線と札樽線をまたいで運行されていました。しかも、札樽線の時刻表には、北1条西4丁目から時刻が始っていたので、COOはしばらくの間、北1西4発だと思い込んでました。
>
>
こんばんは。朝の7時台に1便あったと思います。12号線を走る札幌方面のバスで札幌駅に入らない唯一の便だと、思いましたが・・・。もし間違っていたら、ごめんなさい。バス停で見た時はどこ始発だろうと不思議に思っていましたが・・・。
いつごろ、なくなったのでしょうか?
みなさん、こん◯◯は!しばらく見れなかったので、久しぶりに見てみると、COOのレスがだいぶ後ろにいってしまいました。
キハ2184さん、今、何問目?さん、こん◯◯は!
「L特急いしかり」についてのフォローありがとうございます。ところで、今、何問目?さんにフォローしてもらいながら、恩を仇で返すようで申し訳ないのですが
>55年10月改正で廃止されるまで一貫して485系
1500番台6両編成で運転されており
COOが読んだ本(小学生向け)に781系の「L特急いしかり」がありました。なので、廃止まで一貫して485系1500番台ではなかったようです。
アバンセさん、初めまして!
>高速旭川号の車内ですが現在は「ビデオ放映」は現在不評の
ためこのサービスは廃止されてしまいました。旭川まで高速
が伸びたときは確かトイレの壁に「公衆電話」が取り付けら
れていましたが現在は携帯電話が普及したのと、利用料金が
高いとの理由で現在は行われておりません。
そうですか。今では、公衆電話もビデオ放映もないのですか。COOは、最近はもっぱら車での移動が主となって高速バスを利用していなかったもので・・・。COOが中学生の頃は、あのトイレの横の公衆電話を使いたくて仕方がなかったものです。
>あっつそうそう、石狩線さんJRバスはかつて札幌駅からも
みじ台団地・手稲公営住宅中央(現在の手稲山口団地)椴山
方面に特急のショッピングバスがあったのをかすがですが記
憶しています。
懐かしいですね。「ショッピングライナー◯◯◯」!!
COOは、良く「ショッピングライナーていね」を利用してました(住んでるところがバレバレだ!)。最初の頃は、ロマンスシート車(札幌−(快速)ー小樽に使ってたバス)で、手稲駅通−琴似本通は無停車、琴似本通から札幌駅までは快速と同じでした。しばらくしたら、普通のバスも使われるようになりましたが・・・。
石狩線さん、こん◯◯は!
>小樽以外では「札幌駅←(快速)→椴山」もあったと思いま
す。
椴山まで快速があったのは知りませんでした。案外、短距離の快速ですね(札樽線の市内便より長いか(^^;)
しかし、COOは、札幌→(快速)→北広島駅(7:30分発)に乗ったことがあります。乗った当時(1995年)、空知線・長沼線の快速は、この1便だけでした。その後すぐにこの便は、廃止されたはず(自信なし)。
廃止された路線の話も下火になってきたところで、思いきってこの路線を上げましょう!!
● 厚別営業所前−手稲追分
この便だけ空知線と札樽線をまたいで運行されていました。しかも、札樽線の時刻表には、北1条西4丁目から時刻が始っていたので、COOはしばらくの間、北1西4発だと思い込んでました。
書きたいことはいっぱいあるんですけど、長くなってしまったので、このへんで。また近いうちに現れます。ではでは!!
こんにちは。
> ☆東豊線
> ●栄町行きが発車します。ご注意下さい。(短いっ・・・。)
ホームが一ヶ所にしかない駅で両線同発のときは
「1番ホームから福住行き、2番ホームから栄町行きが発車…以下略」
というアナウンスになります。
ちなみに、東豊線の停車時間はたぶん長いと思います。
長いというより、正確には遅れないんだと思います。
ラッシュ時間帯でも下手すれば15秒停車?!
琴似支局さん、初めまして。
札幌岩見沢線の国道経由ですが私が小学4年生(今から14年ぐらい前ですが・・・)確かにありました。当時は高速道路が「美唄」まで
あったと思いますが。その時は滝川号が5往復で旭川号が16往復ぐらいだったと思います。(旭川号は当時は「整理券」制で発車時刻を
指定すると番号が書かれた乗車札を持たされた経験あり。)
その時は、江別の「新石狩大橋」まで275号線経由で札幌北広島環状線(見晴台)、2番通を経由して、12号へ入るルートでした。
ちなみに、沢さんが記載した「新札幌経由」も1往復あったような気がします。しかも、高速便は今では見られなくなった
「2階建てバス」も走っていて(日野のグランジェットも旭川・滝川方面へ行っていた時もあった)3軸のハイデッカー(イメージするならば北紋バスの3軸車)も走ってました。しかし国道経由の急行は一般的な旧塗色車の前扉のみでした。
普通便の「滝岩線」は全部通しで乗ると約1時間半
かかってました。現在の普通便は「美唄乗り換え」パターンで通しの便はすべて特急(札幌発着便)を利用する形を取っています。
更に、当石線(当別ターミナル−母子会館)は1日2往復(だった気がするか)あり。国道337号号を基幹として石狩太美駅〜高岡局〜母子会館を結んでました。母子会館は現在の「八幡町」バス停付近です。近くには札幌大橋が出来た時「栄町・太美線」があり地下鉄栄町駅から現在の「栄20」とほぼ同じルートをたどって札幌大橋を渡り石狩太美駅(一時期は太美北一号まで延長)もありました。
Hirosukeさんの件ですが東豊線の場合は「相対式ホーム」はき記載どおりですが、「島式ホーム」の場合はちゃんと「○番ホームに○○行きが到着(または発車)します。と行ってますよ。
最後になりますが、8/1から道南バスで「札幌〜伊達」の高速バスが運行されます。高速道路利用区間は「札幌南〜室蘭」間で途中、
白鳥台(室蘭市内)を経由します。運賃は2,500円で
伊達発は7:30、札幌発は16:40です。所用時間は2時間30分です。(道新27日朝刊より)
(p・s北見バスのセレガR FDはターボ付きなんでしょうか?
教えてください。この辺で失礼します。)
開業以来(栄町〜豊水すすきの間の)久々の乗車をしました。東豊線のアナウンスって前からあんなに簡略されていましたっけ?普段乗りなれてる東西線と違いがあり、思わず駆け込み乗車になってしまいました・・・^^;
☆東豊線
●栄町行きが発車します。ご注意下さい。(短いっ・・・。)
☆東西線
●(旧)4番ホームから、琴似行きが発車します。ドアが閉りますからご注意下さい。
●(新)4番ホームから、宮の沢行きが発車します。ご注意下さい。
この『○番ホームから』が無いだけで、凄く扉の開いてる時間が短く感じますね。ホーム名を言わないのは評判が悪かったのでしょうか?南北・東西では新アナウンスは東豊線の後なのに、違いがありますよね。
昨日の夕方17時前に札幌駅で新千歳空港行きの快速列車エアポート
を見ました。よく見ると、小樽方の編成はF−22、千歳方は
F−20編成で、
←小樽方
クモハ721−22+モハ721−22+サハ721−22+クモハ721−20+モハ721−20+クハ721−20
でした。
F−22は通常F−23と組む6両固定編成の小樽方の編成で、今回は
千歳方のF−23編成に不具合か何かがあったのでしょうか。
皆様、こんにちは、こちらではおひさしぶりです。
茂世丑線と北斗線ですが、中央バスの社史に以下のような記述がありました(路線免許年表)。
昭和25年3月22日
茂世丑線(栗山駅前〜岩見沢駅前)の岩見沢4条西11丁目〜志文駅前、湯地神社前〜長谷川商店間免許
昭和26年3月30日
北斗線(栗沢駅前〜北斗経由〜幌向駅前)の栗沢駅前〜南1条線先間
免許
とあります(五十年史)。免許の記載がない区間は恐らく従来路線と同じ経路なのだろうと思います。
また昭和44年現在の路線として
茂世丑線 岩見沢ターミナル(茂世丑経由)栗沢駅前 17.3キロ
北斗線 岩見沢ターミナル(北斗経由)栗沢駅前 20.9キロ
があります。わたし自身はこのあたりの地理に詳しくないのですが、何か参考になれば幸いです。
私の記憶違いで失礼いたしました。
茂世丑経由の方向幕を見たのは違う場所(路線)の記憶ですね、
まだボケる歳ではないのですが失礼いたしました。
もしかしたら茂世丑経由の表示がある当時の写真でもないかと
思い出ジャンク箱をひっくり返しましたが出てきませんでした。
でも、S40年頃の国鉄バス追分線、登川線の路線図が出て来ましたのでご参考になればと思い下記URLにUPしました。
今回は勘違い、思い違いでご迷惑をおかけしました。http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Keyaki/8826/noborikawa.html
こんにちは。沢です。
葛西さん>
> また、幼稚園の通園バスはほとんどすべてが自家用車ですが、何
>年か前から、授業料や施設管理費などとは別に「バス利用料」など
>の名目で園児から実費相当分を徴収することが認められています。
情報ありがとうございます。
数年前に、札幌市内の幼稚園の通園バスで、「白バス」と北海道新聞で報道されていた記憶がありますが、良くなったのですね。
さわっちさん>
>おそらく前者の沢さんが言われる北斗線と茂世丑線は別物です
あくまで自分の推測に過ぎませんが、茂世丑線は岩見沢ターミナルを出て、途中までは万字線のルートで行き、「旧渡船場」停留所から分岐していたのではないでしょうか。栗山行や長沼行のように、主に国道234号線を経由して、茂世丑地区に入っていたとは考えにくいです。
「旧渡船場」停留所を過ぎたところの信号を右折し、橋を渡って直進すれば、上幌(注意!上幌向ではない)という集落をすぎた後に、茂世丑地区に入ります。
現在、茂世丑地区には、栗沢町福祉バスが栗沢駅前から入っています。確か、このバスは茂世丑を経由して、美流度、万字に入っていたと思います。
>新札幌経由は、確か急行時代に存在していたような記憶があるのですが
>どうだったでしょうか
急行時代だと思います(^^;高速道路が確実に岩見沢まで延長になってからの話ですので...
その当時からも、JR北海道バスは新札幌行を運行していましたが、どの位通しの客がいたのでしょうか。実際のところ、厚別駅から新札幌までは徒歩15分ほどで着いてしまいますので(^^;
琴似支局さん>
>岩見沢〜滝川の普通直通便さえなくなってしまったのですから・・・。
なくなりましたね。平成9年か10年の冬だったように記憶しています。
沢さん、葛西さん、こんにちは。
ニューしのつバスについての情報ありがとうございます。
> 次に、自家用バスの有償輸送は必ずしも自治体に限った話では
>ありません。
> 糠平〜十勝三股間は、現在は上士幌タクシーの乗合タクシーで運
>行されていますが、かつては有償輸送許可を受けた上士幌タクシー
>の自家用バスで運行されていました。
このバス、上士幌町の委託で運行していた自治体バスの一種と思っていたのですが、改めて 古い資料を調べると国鉄列車代行バスとして国鉄の委託を受けてスタートしたバスでした。申し訳ありません。詳しい話は道央地区から外れますので、別の機会にします。
>また、幼稚園の通園バスはほとんどすべてが自家用車ですが、何
>年か前から、授業料や施設管理費などとは別に「バス利用料」など
>の名目で園児から実費相当分を徴収することが認められています。
>これも、自家用バスの有償輸送許可に基づくものです。
これは、知りませんでした。
ありがとうございます。
皆様、おばんでございますorおはようございます。
>バドラー様
レス有難うございます。
美唄方面まで路線があったことは存じ上げているのですが、直通便があったとは知りませんでした。今でこそ、すっかり閑散としてしまった岩見沢線・石狩線の国鉄(JR)バスですが、かつては岩見沢〜石狩月形なども、それなりの本数があったのではないでしょうか。それに、石狩月形〜石狩当別にも路線があったはず。
長沼線・長恵線も、今では札幌〜南幌・長沼に集約されてしまった感がありますが、長沼〜恵庭の路線がつながっていたことも昔の話になりました。恵庭の営業所(支所?)も今は昔。
ちょっと前まで、札幌市内で見かける長沼線のバスは(快速)が多かった感じがします。札幌駅〜南幌も結構本数がありました。南幌〜札幌は、夕鉄利用の江別経由や高速バスが主体になっているのでしょうか。JRバスの南幌町内のルートは、現状ではいまいち利用者をつかみにくいような気がします。
>キハ2184様
>中央バス厚田線は石狩川を渡ることが出来ず、厚田〜石狩町八幡〜当別という系統でした。
かつてあった、
「当別ターミナル〜高岡局〜石狩母子会館」
という路線は、これの名残なんでしょうか。
札幌・石狩・新篠津と路線網をもっていた当別ターミナルの昔からすると、札当線さえなき今は天と地の差ですね。
>担当2234車様
はじめまして、私も拝見させて頂きました。
高速ではなく、「地べた」をはって走っていた全盛期というのはやはり凄い、というか感動させられます。
中央バスの各ターミナルも新しくなり減ってきておりますが、運賃表や時刻表の脇に掲げられた路線概要図は、現在の高速バス路線網とはかなり雰囲気が異なり、往時をしのばせます。
やはり、大きく動いたのは高速道路の開通なんでしょうね。
岩見沢〜滝川の普通直通便さえなくなってしまったのですから・・・。
沢さん>
> これは、全然記憶にありません。栗沢に関する路線で言えば、北斗線というのがあり、岩見沢ターミナルから出発して、一路国道12号線を進み、幌向に入る直前の交差点で左折して国道12号線からは別れ、農村地帯を経由して栗沢駅前に行くといったものでした。
そう言えばそれがありました
やはり岩見沢ではかないませんね(爆)
> 以前、僕の自宅から昭和61年11月の岩見沢管内の時刻表が出てきたことがありましたが、「北村循環線」などといった路線もありました。
それは私も全然記憶にありませんね
61年なら、私も岩見沢に行ったりしていたと思ったのですが
soranoさん>
>沢様のおっしゃる通り(国鉄バス時代は)駅前から出発し、12号線を進み上幌向駅前を通り幌向直前の協和口で左折、二俣三腺、栗部を過ぎ栗沢駅直前の踏み切りを渡り駅前に着きました。
>
>その数年後(何年か記憶がありません)同じ路線で中央バスが走っているのを見ました。栗沢(茂世丑経由)の表示でした。
おそらく前者の沢さんが言われる北斗線と茂世丑線は別物です
茂世丑は栗沢町の東側、万字や美流渡と栗沢との中間にある丘陵地帯にある集落なので
幌向を左折して栗沢に向かう路線は別であると思います
琴似支局さん>
>「札幌ターミナル〜12号線〜岩見沢ターミナル」
>という特急便?があったように記憶しています。
沢さん>
> ありました。記憶が正しければ、12号線新札幌経由と雁来経由の2系統あったように思います。
最初はもちろん、高速道路がなかった時代の滝川・旭川方面の特急だったのだと思いますが
高速道路が岩見沢まで開通した時分では、
現在の特急札滝・札芦線(岩見沢まで高速道路経由)が「A特急」
高速道路非経由が「B特急」として設定されました
(B特急は少なくとも滝川までは来ていました)
その後、滝川方面へ向かう便はすべて高速道路経由となり「特急」と名を変えて
12号線経由は「急行」になりました
やがて急行も、江別で系統分離されて
東側は江別−岩見沢間の「岩江線」として普通便扱いになり、ついには無くなってしまいました
新札幌経由は、確か急行時代に存在していたような記憶があるのですが
どうだったでしょうか
担当2234車さん>
>おつかれさまです。こちらでははじめまして。
>ちょっと見にくいですが載ってます。
はじめまして
このぺージ、すごいですね(^^;;
こんな時代もあったんだなと実感しました
キハ2184 さん、こんにちは。=> 地方自治体以外の白ナンバー車両で有償輸送は出来なかったは
=>ずなので、ずーと 村営バス そのものと思っていましたが、な
=>にか 村営バス と ニューしのつバス 違いが有るのでしょう
=>か。違いがあれば、教えて下さい。
まず、沢さんのおっしゃるとおり「ニューしのつバス」は紛れも
なく新篠津村営バスです。
次に、自家用バスの有償輸送は必ずしも自治体に限った話ではあ
りません。
糠平〜十勝三股間は、現在は上士幌タクシーの乗合タクシーで運
行されていますが、かつては有償輸送許可を受けた上士幌タクシー
の自家用バスで運行されていました。
また、幼稚園の通園バスはほとんどすべてが自家用車ですが、何
年か前から、授業料や施設管理費などとは別に「バス利用料」など
の名目で園児から実費相当分を徴収することが認められています。
これも、自家用バスの有償輸送許可に基づくものです。
皆様こんばんわよろしくお願い致します。
岩見沢〜栗沢の路線ですが、
室長様>
>岩見沢−茂世丑−栗沢という経路だったんでしょうか
沢様>
北斗線というのがあり、岩見沢ターミナルから出発して、一路国道12号線を進み幌向に入る直前の交差点で左折して国道12号線からは別れ、、、、
この路線は国鉄バス時代のS44年頃に乗車した事があります。
沢様のおっしゃる通り(国鉄バス時代は)駅前から出発し、12号線を進み上幌向駅前を通り幌向直前の協和口で左折、二俣三腺、栗部を過ぎ栗沢駅直前の踏み切りを渡り駅前に着きました。
当時、岩見沢から栗部まで年に数度乗車してましたが協和口バス停で札幌から来る同じ国鉄バスの岩見沢、美唄行きのバスに接続していたのか?たまに対向のバスが来るまで待っていました。
なにせ栗沢線のバスは一日三本しかありませんでした。
その数年後(何年か記憶がありません)同じ路線で中央バスが走っているのを見ました。
栗沢(茂世丑経由)の表示でした。
他の路線経由の栗沢に停車するバス(岩タ発角田、長沼、追分行等)
との区別表示だったんでしょうね。
何かまとまりが無い文章で失礼しました。
定山渓駅様、ありがとうございました。僕の実家は米里線の端っこです。僕の古い記憶は昭和49年くらいに幼稚園に行くのに(年がばればれか・・・)市バスを使っていたのを覚えているくらいです。もう大麻まで市バスが走っていたころですが、僕の兄の頃はまだ通っていなかったそうです。前に道新の古い縮刷版を読んでいたら、札幌から大麻にバスを通す時に申請そのものは国鉄と中央の他に夕鉄も出したみたいで、夕鉄バスは却下されたようなことが書いてありました。昭和47年の縮刷版だったと思います。
もしも、夕鉄バスも申請が通っていたら、路線的に菊水元町あたりにも、夕鉄のバス停が立っていたかもしれませんねぇ・・・。
こんばんは。沢です。今日は2回目の投稿です(^^;
琴似支局さん>
>「札幌ターミナル〜12号線〜岩見沢ターミナル」
>という特急便?があったように記憶しています。
ありました。記憶が正しければ、12号線新札幌経由と雁来経由の2系統あったように思います。
午前中、9時頃に新札幌経由便があったように記憶しております。
平成元年か2年頃に、高速道路を経由しない札幌行がなくなって、江別行の普通便ができましたので...それも、数年前に廃止されましたが。
キハ2184さん>
>ニューしのつバス の 車両ナンバー 「白」です。
>地方自治体以外の白ナンバー車両で有償輸送は出来なかったはずなので、
村営バスのはずですよ。愛称名で「ニューしのつ」とつけていると思われます。
おつかれさまです。こちらでははじめまして。
ちょっと見にくいですが載ってます。
バドラーさん、こんにちは。
>その昔の昔、現在第一観光で運行している当別青山線ですが、
>昭和40年当時、当別〜青山〜四番川〜幌という系統があり
>ました。
国道231号 厚田〜浜益 間が自動車通行不能だった頃の話ですね。さらに、この頃は石狩河口橋も無く 231号は渡船で石狩川をわたっていました。私が覚えている年代は小型車6台搭載船と小型車4台搭載船、それに歩行者のみを輸送する船と3隻が毎日 川の両側をピストン輸送していました。
中央バス厚田線は石狩川を渡ることが出来ず、厚田〜石狩町八幡〜当別という系統でした。
ただ、札幌に出るには遠回りになるため八幡でバスを降りて、徒歩で渡船場まで行き、渡船で親船町に渡り、札幌〜石狩線を利用するルートもあったと、厚田村に住んでいた知人から聞きました。
当時は当別ターミナルも にぎやかだったんでしょうか。
その昔の昔、現在第一観光で運行している当別青山線ですが、昭和40年当時、当別〜青山〜四番川〜幌という系統がありました。
皆様、こんにちは。
石狩線様、琴似支局様の書かれた空知方面の国鉄バス快速便についてですが、昭和49年頃は存在していました。
まず江別方面ですが、自分が乗務した範囲では札幌〜大麻11丁目・江別駅間は快速運転でした。遠い記憶なのでハッキリと覚えていませんが、札幌駅〜旭町間が快速運転でそれ以降が各駅停車でした。
昭和50年頃だったと思いますが大麻系統が各停運転となりました。江別系統は少なくても昭和52年頃までは快速運転でした。
無くなった路線の話題にも共通しますが、当時の先輩の話では、札幌〜美唄間の系統があったということです。
札幌〜南幌間(2系統あった)も快速運転でした。札幌〜南旭町(だったかな?)まで快速運転で、以降各停でした。
長沼系統も快速運転で、停留所関係は南幌系統と同じです。当時は全便北広島を経由しない直行便でした。長沼の終点は『中央長沼』『東町』に分かれていました。
ちなみに当時の札幌駅〜手稲オリンピア・ロープウェイも快速運転でした。
沢さん、こんにちは。
>あと、江別−新篠津−月形を結んでいた路線は現在、新篠津村営
>バスならぬ、「ニューしのつバス」に引き継がれていますね。
ニューしのつバス の 車両ナンバー 「白」です。
地方自治体以外の白ナンバー車両で有償輸送は出来なかったはずなので、ずーと 村営バス そのものと思っていましたが、なにか 村営バス と ニューしのつバス 違いが有るのでしょうか。違いがあれば、教えて下さい。
ニューしのつバス 当別ー新篠津 も運行しています。
皆様、こんにちは。琴似支局でございます。
>JRバスの快速便
>石狩線様
長沼線の快速便は、民営化(国鉄→JR北海道)後は結構な本数がありました。空知線系統の快速はなかったように思います。当時の時刻表(以前は冊子でした)が手元に見当たらないため正確なことは書けませんが、
「札幌駅〜快速〜中央長沼」
「札幌駅〜快速〜北広島駅」
などがありました。(南幌はなかったような気がする)
当時は長沼線の全便が北広島駅にはいるダイヤではなかたので、現在と違い、長沼・南幌方面〜札幌市内の利用がそれなりにあったようです。なお、中央長沼のほうは、その後「中央長沼東町(方向幕はこう表記)」になったり、ながぬま温泉になる前の「馬追センター」発着の快速があったように思います。
ちなみに(以前に書いたこともありますが)、長沼線の札幌駅行快速は、時計台前のポールは市民会館裏に停車していました。
>中央バス
既出であれば申し訳ないのですが、かつて、
「札幌ターミナル〜12号線〜岩見沢ターミナル」
という特急便?があったように記憶しています。
たしか平成になる前くらいになくなったような・・・。
ちなみに103ですが、藻岩高校前〜サンブライトは、平成4年頃開設されたように記憶しています。運行時間帯からいって、通学便ではなく、実は買い物便でもないようです。地元では「学会便」と言われているとかいないとか・・・。最近は分かりませんが、開設当初、「藻岩高校」の幕がなく、白幕を掲示し「藻岩高校」と書いた紙を貼っていました。
室長、私の前置きはちょっと「不適切な表現」だったことを
この場を借りて深くお詫びします。更に、滝川方面の
廃止路線のフォロー誠に有難うございます。
あと沢さん、ASAQさん、daisukebeさん、始めまして
そう言えば室長が言ったように岩見沢〜川端(由仁町)まであったのを忘れていました。(自分ってなんで「忘れっぽい」のやら)
103(厚別の滝行きで滝野公園まで延長の日もありました)は
確か16:05に札幌ターミナルを発車するのを記憶しています。
この路線は北1条通から西2丁目線・南6条通を経て西11丁目線
(国道230号・石山通)を藻南公園まで行き石山陸橋から国道453号、真駒内御料札幌線を経由してました。現在は藻岩高校〜サンブライト真駒内までの運転になってます。
ASAQさんの「特急札夕線」は僕も「乗り得」があって結構重宝してました。車両は月寒営業所のロマンスシート車で時々デラックスバスが来てました。
で、経路はASAQさんのをもう少し詳しく言うと
札幌駅前ターミナルから札幌ターミナルを経て創生川通(札幌行きは
西3丁目線)から国道36号を大曲まで行って北広島栗山線を行き
途中札幌広島プリンスホテルを経由してJRバスの稲穂2丁目バス停
(だったと思いますが)そこの信号を左折し、東共栄の交差点から
国道274号〜札幌夕張線(長沼・ユンニの湯・由仁駅前)〜夕張岩見沢線を経由してました。そう言えば「よく遅れる」とありましたが
「真 栄」の時点で約10分遅れぐらいで運転し、かつ認知度が低かったのが札幌市内での乗降は少なかったです。むしろ当時の「快速」
(現在は急行で運転中)の方が割りと混雑していました。
あっつそうそう、石狩線さんJRバスはかつて
札幌駅からもみじ台団地・手稲公営住宅中央(現在の手稲山口団地)
椴山方面に特急のショッピングバスがあったのをかすがですが記憶しています。
最後に独り言ですが、私は4月と12月の中央バスのダイヤ改正時には必ず「時刻表」を取りに行きますが、沢さんが記載したとおり
2144Mは滝川で44分停車しているのですがボヤキを言うなら
12:01発ではなく「快速狩勝」(12:35着)にあわせた
ダイヤにしてほしかったなぁーってつぐつぐ思いますよ。
なにしろ9:20の富良野号に乗って芦別に行きそこから深川へは
快速狩勝に乗車するのですが滝川〜旭川間の「普通列車」が極端に少なくやむを得ず310円加算して「特急スーパーホワイトアロー11号」に乗っています。(ちなみに北空知バスの時刻表も)
では、この辺で失礼します。
タグを閉じ忘れてしまいました。申し訳ありませんm(_ _)m
こんにちは。沢です。
考えてみると、岩見沢管内でも廃止になった路線は多いですね。
アバンセさん>
>岩見沢ターミナル−若草団地(追分町)
>岩見沢ターミナル−美流渡緑町
前者は、当初は「追分若草団地」までの運行でしたが、末期は「追分駅前」までの運行となっていました。便数も減り、末期は3往復ほどだったと思います。
後者については、「上美流度」と方向幕には出ていましたね。末期は、休日は美流度止まりだったりして、上美流度まで休日は入らなかった覚えがあります。
さわっちさん>
>▼茂世丑線
>これも記憶が定かではない・・・
>というか岩見沢ターミナルでの案内の残骸と道路地図の表示のみなのですが(^^;;
>岩見沢−茂世丑−栗沢という経路だったんでしょうか
これは、全然記憶にありません。栗沢に関する路線で言えば、北斗線というのがあり、岩見沢ターミナルから出発して、一路国道12号線を進み、幌向に入る直前の交差点で左折して国道12号線からは別れ、農村地帯を経由して栗沢駅前に行くといったものでした。
現在では、栗沢町営バスが幌向駅から栗沢駅前まで、その交差点からは経路が一緒のバスを出しているようです。栗沢在住の友人は、「福祉バス」と呼んでいますが...
以前、僕の自宅から昭和61年11月の岩見沢管内の時刻表が出てきたことがありましたが、「北村循環線」などといった路線もありました。
その時刻表は、引越しの際になくしてしまいましたが、岩見沢ターミナルを出て、西10丁目経由で北村に向かい、北村の中を色々と廻って、また岩見沢ターミナルに戻ってくるといった路線だったようですが、この路線については記憶がありません。
あと、江別−新篠津−月形を結んでいた路線は現在、新篠津村営バスならぬ、「ニューしのつバス」に引き継がれていますね。
daisukebeさん>
>今あるのかどうかわかりませんが、札幌発朝6時台の旭川行き普通列車は、気動車(札ナホ)2両によるものでした。
札幌6:06発の921Dですね(なぜ列車番号を(^^;)今もあります。僕も旭川方面に用事がある際、この列車は重宝しています(^^)
気動車の所属まであまり注意して見ませんが、恐らく苗穂の車両だと思います。ま、苗穂工場に入場していた旭川運転所や日高線運輸営業所、苫小牧運転所所属の車両が締切回送で連結されていることも多いですが。
>札旭間を普通列車に通しで乗ると、岩見沢、滝川、深川などで必ず40分以上の長時間停車をしますね。
921D以外はそうなりますね。
小樽−旭川を結んでいる2151Mという列車がありますが、これは岩見沢で33分、滝川で44分止まっていたりします。小樽発車が8:10、旭川到着が12:49で、「一度乗り通してみたい」という思いはありますが...なお、滝川発釧路行は乗り通したことがあります(^^;
>他に、札旭間には50系51型客車の列車もありましたね。
いやあ、懐かしいです。空知運転区があった頃ですね。
函館線の50系51型客車列車の全廃に伴い、空知運転区もなくなってしまって...残骸だけは未だに残っています。
FUNABASHIさんへ、返事が遅れましてごめんなさい。
さて、昭和39年の(22)米里線は大通〜米里までの運行が基本ですが、1日約25往復のうち、6往復程度が「東米里小学校」発着で、朝は東高発東米里小学校行3便運行。昭和40年もほぼ変わりませんが朝3便東高発でなく上白石小学校発に変更されています。
ご参考までに所要時分を載せておきます(昭和39年、40年各11月25日改正版市営バス時刻表より引用)。
<大通−(6分)−西町6丁目−(4分)−上白石小学校−(10分)−米里−(5分)−東栄橋−(3分)−東米里小学校>
何か市営バス時刻で疑問がありましたら、お答えします。
アバンセさん>
>ちょくちょくこのホームページを見ていますが、MS小隊さんの話題は一体どこから抜粋したのでしょうかねぇー。札幌旭川間の高速化は9/1でまる11年ですからねぇー。
たとえ相手がどうであろうと、このような発言は控えていただきたいと思います
MS小隊さん>
他の方がどう思っているかはともかく、管理人である私としては
ご自分の率直な意見や、お聞きになった話を書き込まれるのは
一向に構わないのですが、節度を守って下さい
見たり聞いたりした話を、ご自分で解釈して
正当性を主張するのは好ましい行為であるとは思えません
ここや埼玉部屋での指摘をもう一度考えてみてはいかがでしょうか
さて本題
アバンセさん>
>Master Tさんが記載してもらってから約2週間がたちますが
>ちょっぴり「まだあったな」と思い、記入します。
かの投稿は「札幌市内の消えたバス路線」だったような気がするのですが(^^;;
まあ、空知地区に関しても私はいずれ載せたいなと考えていましたし
補足も含めてご紹介します
>岩見沢ターミナル−若草団地(追分町)
同様に、川端行きなんてのもありました
現在は栗山町営が足を伸ばしていますが、この名残ですかね
>芦別ターミナル−玉川町(頼城の次の停留所でした。経由地は
>啓南だったと思いますが・・・)
いえ、西芦経由だったと記憶しています(^^;;
この他、空知地区にはたくさん消えた路線があります
私の記憶するかぎりを挙げると・・・
▼滝川市内4系統
駅前−文化センター−東町団地−池の前入口
私は当時「開西団地」(現:百年記念塔入口)のバス停に表示されていた
案内の残骸でしか見たことがありません(^^;;
▼滝川市内6丁目線
駅前−国学院大学−2丁目−6丁目
現在は滝の川団地線に変身してしまいました
▼百戸線
茂尻−百戸−常盤−芦別
空知川対岸の人口希薄地帯を走るため、芦旭線との並走区間以外は閑散としていました
▼尚武山線
はっきり憶えていないのですが
深川から納内を経由して北上する路線だったと思います
▼秩父別線
これもはっきり憶えていないのですが
秩父別役場のすぐそば(で、なぜか違うバス停名)から多度志へ抜ける峠の手前までの路線
▼湯内・宇摩線
時刻表では沼田・多度志線と一緒になって記載されていましたが
多度志から湯内・宇摩へそれぞれ向かう路線で、
確か深名線に駅が設置される形で消えたと記憶しています
▼碧水線
深川−秩父別−碧水(の先の「清雲寺?」とかいうバス停まで)
沿岸・道北バスの留萌行きと完全に並走していたためか廃止になったようです
▼和線
深川−妹背牛−和−恵岱別−竜西
現在は北竜温泉までの路線ですが、かつてはかなり先まで足を伸ばしていました
▼深川・山10線
深川−妹背牛−山10線
今も走っているのか知らないんですが、妹背牛町営バスか何かに転換した路線
▼茂世丑線
これも記憶が定かではない・・・
というか岩見沢ターミナルでの案内の残骸と道路地図の表示のみなのですが(^^;;
岩見沢−茂世丑−栗沢という経路だったんでしょうか
石狩線さん>
>中央バスの廃止路線ですが、「札幌−(特急)−雄冬」というのもありましたよね(増毛町・岩老−大別刈間が工事中であった時→山道はありましたが)。開通によって日本海るもい号に振り返られ、廃止になりましたが、時刻表をみると、札幌を9:30に出てから雄冬に12:10に着き、折り返しをみますと15:00に雄冬を出ていますから、実に約3時間も雄冬で待機していたことになります。こんなに雄冬で待つと、逆に疲れるのではないでしょうか・・・(笑)
昔は滝川からの雄冬行きも3時間ほど空けて折り返していましたが
こちらは一旦浜益村内線に化けて、毘砂別かどこかへ往復した後に
また滝川行きに戻るという経路だったようです
もしかしたら特急もそうだったのかも知れませんね
え〜、多くの人がわからない空知のネタで長々と書いてしまいました(^^;;
それから、前回の変更されたバス停名ネタにいくつかコメントをいただいて
その返事をすっかり忘れていたのですが、申し訳ありませんでしたm(_ _)m
今更なのでやめておきますが(^^;;
>MS小隊さんの話題は一体どこから抜粋したのでしょうかねぇー。
単なる「知ったか」だと思いますね。
少なくとも媒体からの情報でしかない。
現地に足を踏み入れての情報ではないように思います。
で、本題。
一般道経由の札幌〜特急〜夕張はほぼこういう経路でした。
札駅タ〜36〜大曲〜道都〜長沼タ〜由仁駅〜夕張橋〜継立〜歴史村
ということで栗山タ、角田本通は経由していません。
末期にはユンニの湯経由で走っていました。
札幌駅から乗れるのは便利なのですが、よく遅れるのと、夕張市内の
停留所が少ないこと、スキーシーズンに路線車を使用したりと不便な
感がありました。便数的にも夕鉄の札急便のほうが多いですし、夕鉄
だと市内線との乗継ぎ(通し運賃で乗れる)もありますから。
こんにちは、daisukebeです。
中央バスの廃止路線が話題に上っていますが、
「札幌駅前ターミナル〜(特急)〜夕張石炭の歴史村」
「103 札幌ターミナル〜(国道230号線・西11丁目経由)〜厚別の滝」
というのも有りましたね。
札夕線は、あまりはっきり憶えてはいませんが、国道36号線、道都大学経由で北広島(当時は広島町)に入り、その先は、長沼、栗山ターミナル、角田本通、継立を経由して夕張に入る…というルートだったでしょうか?
103滝野線は、札幌ターミナルを出て北1条、南1条までは101、102と同じで、南進の一方通行を直進し、南4条を出たあと右折して南6条西4丁目、その後国道230号線に出て、川沿10条2丁目を出てから石山陸橋…というルートだったと記憶しております。