Railers NETWORK
Report No.01
(2) 東京〜山梨・静岡方面〜横浜(1998.8.4.)
〜447 東京 507〜627 高尾
ふと目が覚めると、どこかの駅に停車していた。 そして、反対側には何と「サンライズエクスプレス」が・・・。 これを見るために目が覚めたのか? なんて「鉄」な自分・・・。
もう一回寝て起きると、窓の外はうすら明るく、すでに大船を出た後だった。 (景色を見ただけでわかる自分が怖い) 東京に着く前に洗顔と歯磨きを済ませて、今後の計画を立てる。 さしあたって関東近辺でまだ乗ってないところというのは少なく、 久留里線や鹿島線、小湊鉄道などの千葉方面や、烏山線、東武の群馬 、栃木各線方面が思い付くが、いずれも18きっぷだけで 満喫できるところはなく、迷う。
とっさに思い付いたのが、再び西へ逆戻りして、景色に記憶のない 中央線高尾以西や、乗ったことのない身延線、小海線はたまた飯田線 などに乗れないかというものだった。小海線はその先が「しなの鉄道」 であるので、今となってはどんづまりであるし、飯田線まで行ってしまうと 帰ってくるのがあまりにもつらく、内容的にも武者修行のように なってしまうので、甲府から身延線で南下して静岡付近の未乗線区、 静岡鉄道、岳南鉄道に乗ってくることにした。この2線区ならさして 財布も痛まない。
東京に着くと、「ムーンライトながら」の折り返し、 373系特急電車を使っての「普通 静岡行き」が 清掃を終えて静かにたたずんでいた。いきなり食指が動く。 が、折角立てた計画をこんなにあっさりフイにするのもどうかと、 またの機会にまわした。
中央線のホームへ上がると、「各駅停車」がとまっていた。 この早朝の時間は、普段、総武線から乗り入れている黄色い 各駅停車がお茶の水止まりになり、東京から快速用のオレンジ色が 各駅停車になるのである。時刻表でその知識はあっても、 この運用は5時半から6時頃にはもう終わってしまうはずで、 実際に利用した人となると、そうそういないのではないか。 私のように地方ならなおさらだ。たしかに、いつもは快速のくせに 行き先しか書かれていない方向幕に「各駅停車」とわざわざ書いてある のを見るのは初めてであった。
それにしても、なぜこんな早朝にこれだけ・・・というくらい、 人がいた。列車はお茶の水から各駅停車用の線に渡って西を目指すが、 新宿などでは、昼12時頃の大阪駅くらいホームに人が立っていた。 朝帰りの人も多いのであろう。私の住む金沢では朝に帰るといえば、 タクシーに乗るか歩くかの選択しかできないが、東京では 電車に乗ることができる。行動的には都会も地方も変わらないのだが、 始発の早さは都会にはかなわない。
それにしても眠い。三鷹あたりで本格的に眠くなり、 東小金井までは記憶があるのだが、その次がいきなり八王子であった。 これには驚いてすっかり目が覚めた。高尾まではもうすぐである。
高尾 644〜810 甲府
ここまではほとんどロングシートしか走らないが、 ここからはボックスシートで景色を眺めることができる。 東京へ向かうサラリーマン客を横目に、 登山客にまじって列車に乗り込んだ。
最初は登山客ばかりが目立ち、車窓もそれにマッチしていたのだが、 徐々に通勤客が乗ってくるようになった。反対方向は相変わらず 東京への通勤客でいっぱいだが、こちら側も考えてみれば甲府には ちょうどいい時間に着く、立派な通勤電車であった。
いつしか電車は満員になり、甲府に到着した。甲府駅自体は 関東の郊外の駅の例に漏れず、それと似たような雰囲気の駅であった。 関東はおろか甲信越、はたまた東北の南部まで、それなりの規模の駅は 私にはどれも同じ駅に見える。
甲府 837〜1109 富士
今まではいわゆる「スカ色」、青とクリーム色の電車だったが、 ここからJR東海であり、「湘南色」、オレンジと緑の配色になる。 日差しもさすようになってきて、あたたかい地方に向かっているという 気がしてくる。
身延線はもと私鉄だけあって、駅がやたら多い。しかし、 線形は決して良いとはいえず、距離の割に時間のかかる路線である。 その点では飯田線が有名だが、この路線もひけをとらない。 駅が多いのは私のような駅名標マニア(?)にはたまらないのだが、 それにも限度があって、あまりに遅いと眠くなる。 しばらく、富士川に添う車窓を堪能していたが、身延を過ぎて 静岡県に入ろうかと言うところで耐えられなくなってきた。 こういう旅をしていると、睡魔に反抗して駅名標とにらめっこすることは しばしばであり、車窓などどうでもよくなってくる。 これでは何のために横浜へ行く人間がわざわざ東京から戻って 身延線なんかに乗っているのかわからないが、 結局気づいてみれば「富士宮」の駅名標だけは 確認できずに、富士についてしまった。
富士 1139〜1202 清水(徒歩)新清水〜新静岡(徒歩)〜静岡
富士駅のそばはかなりおいしい。これほんと。ぜひお試しあれ。 静岡鉄道と岳南鉄道のどちらを先に選ぶか大いに迷ったが、 そばを食い終わって先に来たほう、つまり静岡鉄道に先に乗りに行くことにした。
東海道線は平日の昼間だというのにかなりの乗車率であった。 10分から20分間隔で運行しているはずなので、 都市間鉄道としての機能を充分果たしている証拠である。 清水で下車し、その都市間鉄道としてのライバルである静岡鉄道に 乗るべく、新清水駅まで歩いた。
新清水駅は広い道路に面した都市型の駅であった。 ホームは頭端式の1線だけで簡素であったが、電車は2両ながら6分毎の ハイフリークエンシーを保っていた。従って、電車が行ったと思ったら すぐに次の電車が入ってくる。
電車はしばらく走ると東海道線に添うようになるが、 こちらがひっきりなしに駅にとまるのに対して、向こうは途中に 草薙の一駅しかない。(注:静岡-草薙間に東静岡駅が開業予定) まるでバスのような都市交通機能を担っているのであった。
本数の割にはそこそこの乗客を乗せて、新静岡駅に到着した。 駅の造りとしては京王井の頭線の吉祥寺みたいな感じだが、 駅名標がまったくない。また、改札を出るとデパートの中で、 すぐに外に出ても、これまた駅名を表す標識がなかった。 まったく標識を確認できなかったのは初めてである。
静岡駅までも歩いていける距離で、なんなく新幹線停車駅の 風格を見せる駅舎までたどり着いた。
静岡 1320〜1356 吉原〜岳南江尾〜吉原
今度の東海道線電車はロングシートの211系3両編成であった。 先程の電車は4両でクロスシートであったから、圧倒的に座席数は 少なく、やはり混雑していて座ることができなかったが、短距離利用が多い この線区ではこれでも充分であるように映った。実際、私も遠くまで行くようで 30分程度しか乗らない。
先程乗った清水-富士間を過ぎて、吉原で降り、岳南鉄道の乗り場へむかった。 とくにJRとの間に改札口があるわけでもなく、切符売り場についた。 売り場に人はいるが特にこちらを注視しているわけでもなく、 改札口には、駅員が番をしていなかった。 それでいて出口が別にあるのだから、これでは不正乗車ができてしまう。 おそらく岳南鉄道の列車が到着したら見張られるのだろうが、 JR側からはフリーである。ちょっと疑問を感じた。
時刻表からはあるのかないのかよくわからないくらいの小私鉄なのだが、 本数は1時間に1本程度と比較的多く、程なく来た列車に乗り込んだ。 しかし、利用客は少なく、1両の電車に5、6人程度しか乗っていない。 しかも、吉原の中心部(後で地図を見たら富士市自体の中心部 のようだが)を過ぎると、駅の案内板を取り換えに行くらしい 岳南社員の他は私一人になってしまった。
終点の一歩手前でその社員も降り、いよいよ一人になって終点の 岳南江尾に着いた。すぐそばを新幹線が通るほかは特に何もないところで、 10分後の電車ですぐ折り返した。すると、さっきの社員が作業が 終わったらしく、また乗ってきて、同じ状況になってしまった。 運転手にもその社員にも私が「鉄」であることはバレバレだろう。
乗った感覚としては富士市民を東海道線や富士市中心部まで運ぶ 「富士市内線」の鉄道であった。
吉原 1528〜1543 沼津 1628〜1744 国府津
予定していた線区に乗り終え、再び東へ向かうが、ここに忘れてはいけない 未乗線区、御殿場線がひかえている。実は伊豆や箱根や富士山方面 には何回も行ったことがあるのだが、ほとんどが横浜に住んでいた 物心もつかない時期で、記憶にあるのは修学旅行と家族旅行で行った箱根 だけである。したがってこの近辺で乗ったことがあるの は家族旅行の時に乗った箱根登山鉄道だけである。いずれ伊東線や 伊豆急行なども乗りに来なければならない。
それでも御殿場線は今のうちに乗っておかねばならない。 たとえ伊豆をぐるっと回っても、箱根から富士山へ抜けたとしても、 御殿場線に全線乗ることはないだろう。
沼津でこれからお世話になる北海道の親戚の家へ電話するなどして時間をつぶし、 御殿場線に乗りこんだ。しかし、天気が悪くなってきており、時間も遅いので きれいな景色が望めそうにない。こういうときは・・・やはり眠くなるもので、 今日はこればっかりだが、またしても睡魔との格闘になってしまった。
御殿場でかなりの乗客が入れ替わり、神奈川県へと向かう。 山北だったかどこだったか忘れたが、ゴルフ帰りの客が乗ってきて、 意外な需要があるもんだなと思っていたら、小田急線に乗り換えるべく 松田で降りていった。ここは高山線の鵜沼と名鉄の新鵜沼のような関係で、 乗り入れ線はあるが特急にしか使われず、地元民は私鉄に乗り換えて 都市へ向かう。JRだとやはり遠回りで使って下さいとは言えないだろう。
国府津 1747〜1753 小田原〜大雄山〜小田原 1916〜2007 戸塚〜吉野町
国府津に着いたが、やはり東京方面よりも小田原に向かう人の方が多かった。 そこで来た小田原行きの電車が、二階建て215系「快速アクティー」 であった。2階に座ったが、やはり詰め込み通勤用の感は否めない。 この時間だからこれでも良いが、日中のレジャー用としてはどうだろうか。
小田原には何しに来たかというと、伊豆箱根鉄道大雄山線に乗るためであった。 これに乗ると、神奈川県内全鉄道制覇(ただしケーブルやロープウェイ、 遊園地内のモノレール等は除く「自己満足的全線制覇」であるが) になり、北海道、埼玉県、東京都と いつの間にか制覇していた奈良県に次いで5番目になる。 (ちなみに大阪府は一旦制覇したのだが、先日開業した 大阪港トランスポートシステムにまだ乗ってないので、転落) 無理に乗る鉄道でもないが、その代わりに、わざわざ乗りに来る鉄道でも ないので、今のうちに乗っておかねばならない。
この鉄道、一応は終点の大雄山(何かのお寺があるところ?) に行くための観光路線なのだが、実際は純然たる小田原の近郊路線で、 単線ながら12分毎の運転、走っている電車も都市型の ロングシート車両である。江の電のような感じだが、 あちらの方が観光色が強い。
私はローカル線より都市型鉄道の方が本来好きなのだが、 この路線は単調すぎて好きになれなかった。終点の大雄山も 南足柄市の中心だけあって、スーパーがそびえ立つ近郊の駅であった。
小田原へ戻り、これから横浜の親戚の家へ向かう。 だが、この区間の東海道線もじっくり駅名標を見たことがなかったので、 クロスシート右側を選んで乗りたかった。右側なのはホームが島式でも 対向式でも駅を見ることができるためである。ところが、来る電車 どれもがロングシート車両である。新型ならまだ許せるが、 旧型までロングシート車なのにはまいった。結局3本もやり過ごして、 8両しかない横浜行きに乗ったのであった。(通常は11両か15両) これでは、朝の新型特急車両とは比べ物にならない。同じ普通で 優劣を付け過ぎである。
東海道線を戸塚で降り、横浜地下鉄に乗り換えた。親戚の家は 地下鉄の吉野町なので、横浜まで行ってしまうと遠くなる。 長い一日だったが、まだ2日目である。少し飛ばし過ぎだったかも 知れない。丁度、明日は横浜スタジアム観戦のため、午前中しか使えない。 ここで、一息入れることにしよう。(相変わらず動くが)
完乗記録
JR東海 身延線、御殿場線
静岡鉄道、岳南鉄道、伊豆箱根鉄道大雄山線
以上全線
[01 北海道旅行'98]
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(6) 8.8. 札幌〜釧路〜札幌
(1) 8.3. 金沢〜大垣
(7) 8.9. 札幌〜新千歳空港〜滝川
(2) 8.4. 東京〜山梨・静岡方面〜横浜
(8) 8.10. 滝川〜稚内
(3) 8.5. 京急づくし
(9) 8.11. 札幌〜富良野・旭川〜滝川
(4) 8.6. 横浜〜茨城・千葉方面〜上野
(10) 8.12. 滝川〜焼尻
(5) 8.7. 一ノ関〜青森
(11) 北海道旅行・その後