Railers NETWORK
Report No.01
(4) 横浜〜茨城・千葉方面〜上野(1998.8.6.)
吉野町〜上大岡〜品川〜上野
いよいよ、北海道へ向けて北上していくことにするが、 列車で北上するつもりである以上、途中の関東や東北の各線を無視したくないのが レイラーの心情である。そこで今夜の寝床を夏休みで臨時運行している夜行急行の 「八甲田」に決め、それまでは関東地方の未乗線区を攻め、明日は早起きして 朝一番の停車駅である一ノ関から三陸へ抜けることにした。
また叔母と一緒に、地下鉄で上大岡まで行く。東京方面へ向かおうというのに わざわざ上大岡まで戻るのだから、相当な物好きである。そして待つほどもなくやってきた 通勤快速特急に乗り込んだ。こんなに朝早い時間なのに、2ドアクロスシートの 2000形であった。サービスはいいが、客が少なくて余裕があるのも実状としてあるだろうから 素直に喜べない。しかもこの電車、新型車両の置き換えのため、3ドアロングシート化改造 が始まった形式である。もうすぐこの姿もなくなるかと思うと寂しい気もする。
名前は通勤がついているが、上大岡からでは普段の快速特急と停車駅は変わらず、 品川に到着。ここから京急に未練がましく都営浅草線で人形町へ行き、日比谷線で 上野に行く・・・というのも埼玉に住んでいた頃はよくやったが、さすがに今日は 面倒なのでJRで行く。それでも山手線ではなく京浜東北線を選ぶこだわりを見せておく。 とくにここは両線のホームが分かれているので、先に来た電車を選べない。 こういうところでは迷わず横浜に縁のある京浜東北線にしてしまう。 車両も今や全部新型に置き換わっている。
上野 1008〜1105 佐貫〜竜ヶ崎〜佐貫 1145〜1202 土浦 1208〜1307 水戸
上野で今夜の「八甲田」をリザーブしておくことにした。 自由席でもいいかなと思っていたが、自由席限定の切符で旅行してるわけでもないし、 どうしても右側がいいとか自由になりたい理由があるわけでもない。 切符はあっさりとれて、自由席でもあまり混まないことを予想させる。
さて、これで22時16分まで時間が空いたわけで、この時間を利用して 鹿島臨海鉄道や鹿島線を片づけに行く。なかなか乗る機会がなく、乗りに行くにしても アプローチでかなりの時間を要するのでなかなか乗れなかった路線である。 ついでに関東鉄道竜ヶ崎線にも顔を出すことにした。
私が常磐線に乗ろうとすると必ずロングシートがやってくる、というのが 今までのパターンであったし、あれからクロスシートもずいぶん減っているから 今日もロングシートだろう。そう思って常磐線ホームへ降りていくと、 次の電車がいきなりクロスシートであった。かくして常磐線の景色を 初めて味わうような気分で佐貫まで行った。
佐貫に着くとき、竜ヶ崎線の時刻まで案内が入ったのにはびっくりした。 この後に乗った常磐線電車も、鉾田線の案内までやっていたから、かなり接続案内が徹底している。 阪急電車の駅があることすら案内しない宝塚などは見習ってほしいものだ。
竜ヶ崎線は間に一駅しかない短い路線で、近郊ローカル私鉄はどこも似たようなものだから 特におもしろいというようなことはなかった。ただ、終点の竜ヶ崎は独特の雰囲気を持つ駅で、 市の中心は佐貫でなくここだから活気も佐貫よりよっぽどあった。 帰りはかなり乗客が乗ってきたが、佐貫で降りた人たちはみな上野行きにのりかえてしまう。 どうも常磐線の延長のような鉄道だ。
私だけ一人で下りホームで電車を待つ。今度の電車は新型ロングシート車両のE501系だった。 青い帯の電車ばかりの中、快速色の青緑の帯を巻いているから、このあたりでは 異彩を放っている。しかも、形式は違えどさっき乗った京浜東北線の電車と一緒である。 初乗りなので今日は満足(というか、本当に来るか?という感じだった。) だが、あまり何回も来てほしくない電車である。
開業まもなく真新しい、それでいて最近の新駅にありがちな 奇怪な駅名の「ひたち野うしく」を過ぎて、土浦に到着した。 待つほどもなく、水戸方面の列車がすでに別のホームに停まっている。 階段を使って移動しなければならないわけだが、同じ普通電車に乗り換えるのに 面倒な移動を必要とするのは、いい加減にどうにかならないものか。 全国各地で見られるが、たとえばこの場合、土浦の一つ前の荒川沖から 一つ先の神立まで行くだけでも一苦労である。 乗り換えを強いるのだからそれなりのフォローが欲しい。
土浦から水戸までの車両は、またクロスシートであった。 今までロングシートばかり乗らされたことは先程記したが、 例えば以前、やはり北海道に行く際に上野から常磐線経由で行ったことがあるが、 上野からいわきまでロングシートであった。 今までのはいったい何だったのだろう?
水戸 1316〜1435 鹿島神宮 1521〜1649 千葉
水戸でもそれほどの待ち時間があるわけでもなく、すぐに跨線橋上の改札口で 鹿島臨海鉄道の鹿島サッカースタジアムまでの切符を買い求めてホームに降りた。 鹿島サッカースタジアムはJRと鹿島臨海鉄道との境界駅だが、サッカーのない日は 列車が止まらないので通常は切符は発行されない。青春18切符を掲示しないと 買えないのだ。要は事前に切符を持っていればよいのだが、 以前、東京方面からスタジアムまで行くサポーターが、 JRの切符を持っているのに鹿島神宮から乗った臨海線の 車内でスタジアムまでの運賃を別取りされて問題になったことがあるが、 今はどうなのだろう。水戸駅で鹿島神宮から先の切符も買えるのだろうか。 (そんな乗客は稀少だろうが)
車内はすでに乗車している高校生やら買い物帰りのおばさんやらでごったがえしている。 せっかくのクロスシートだが、仕方がないので窓際に立つ。 発車するとすぐ農耕地帯を高架で走るようになる。常磐線の車窓では水戸周辺は かなり住宅地化されているのだが、こちらはわけが違うようだ。 そして高架上1面2線の簡素なホームを繰り返し、大洗に到着。 ごったがえしていた乗客はここでほとんど降りた。あとはクロスシートを一人で 占有できるくらいの乗車率になってしまった。 2両あったが、1両で十分と思われた。
大洗から海岸近くを走るはずなのだが、この路線からはまったく海は見えなかった。 車窓は海岸というより荒野で、事実、荒野台という駅が存在してしまうくらいだ。 町や村の中心であるはずの鹿島旭や新鉾田、大洋も荒野の中にぽつんと佇む駅であった。 新線であるが故の路線配置だろうが、あまりにもさみしい。 街というものを目撃しないまま終点の鹿島神宮に着いてしまった。
今まで乗り換えが至便だっただけに、ここではかなり待たされた。 しかし、ここで臨海線から鹿島線に乗り換える人はそれなりにいるだろうに、 なぜこんなにあいているのだろう。しかも、このくらいの時間なら駅前で暇をつぶせるだろう と思っていたら、見事に何もない駅前であった。鹿島線も比較的新しい路線で、 街の中心からはずれて駅がつくられたらしい。 先程の列車ともども、する事がなくて、某週刊漫画雑誌を一冊読み終えてしまった。
ようやく発車の時刻が近づいてホームにあがると、最近総武快速線に 投入が始まった新型のE217系であった。最近のJR東日本の新車の例外に漏れず ロングシートである。しかも形式は近郊形を装っているが、4ドアで純然たる通勤車両だ。 総武線や横須賀線のように短距離ならまだしも、 鹿島神宮から東京へ行く快速だというのにこの設備はどうだろうと思う。 そういえば鹿島は東京への高速バスが走っている。それも盛況のはずだ。 これでは客が推移しても仕方がないのか。
先程も述べたとおり、鹿島線は比較的新しい路線なのでほとんど高架である。 もちろん「水郷」と呼ばれる水気の多い地域だから数多くの橋があるという理由もある。 特に、いきなり渡る北浦にかかる橋は利根川のそれより長く、圧巻であった。
鹿島線が終了して佐原に着くと、意味もなく4分停車した。 この列車はこの後成田でも、成田空港から来る11両を連結するだけにしては長すぎる 10分、千葉で5分停車する。ダイヤに余裕を持たせているのかもしれないが、 対向列車待ちとか理由があるならいいが、意味がなさ過ぎていらいらしてくる。 それでなくても今さら車窓を楽しむ区間ではないし、ロングシートという事もあるので 千葉まで寝て過ごすことにした。
千葉 1653〜1736 木更津 1815〜1910 横浜駅東口
今度は内房線に乗って木更津まで行き、開通したばかりの東京湾アクアライン を通るバスに乗ってみようと思う。
内房線の列車はわずか4分後で、タバコを吸う暇もなかった。千葉までは東京やその 向こうの横須賀線から快速が頻繁に走り便利だが、その先はかわいそうになるくらい 本数も両数も少ない。接続は良かったが、この列車もこんな時間だというのに4両しかない。
蘇我で京葉線の乗客を大量に受ける。今や外房、内房の客が東京を往復するには 京葉線を利用する時代だ。しかし京葉線が10両あるのにこの電車は4両で、 京葉線との乗り換えには階段の昇降を必要とする。しかも、こんな時代であるのに 東京方面への直通は総武線経由が主で、しかも内房線内は快速だから 停車しない駅からの利用は不便を極める。
木更津までというのは、世間が感覚で思いこんでいるより時間がかかる。 最近の宅地開発の波に押されて、東京まで通勤圏内であったりするから、千葉から すぐ行けるような気がするのだが、40分もかかる。これから通る東京湾 アクアラインは、バスを使っても川崎まで1時間で行けるから、 これはJRにとって脅威だ。今は川崎や横浜へしかバスが出ていないが、東京行きが 出たら内房線を圧倒するのではないだろうか。
木更津のバス乗り場は、住宅団地までちょっと・・・というようなバス乗り場であった。 商店街へ行ってしまいそうな路地の片隅に切符売り場があって、そこで横浜までの 乗車券を買い求めた。通勤客がもっと集まるかと思っていたが、わずかに来た客は 羽田空港への客で、横浜までの帰宅客は発車直前に集まってきた。 発車するとしばらく一般道を走り、東京湾横断道が近づいてきたかと思うと通り過ぎ、 袖ヶ浦バスターミナルに立ち寄る。JRの駅からは相当離れているので、もとより 車でここまで来て利用することを見込んでいるのだろうが、それならもっと 高速のそばにつくれなかったのかと思う。
アクアラインは途中までは橋で、海ほたると呼ばれるサービスエリアを過ぎるとトンネルに 入る。このトンネルは川崎の浮島まで続き、そこから首都高速湾岸線に入る。 これはすぐに地上に出て、途中鶴見つばさ橋や横浜ベイブリッジ等の観光地化した 橋を渡って横浜に入る。首都高速を出るとほどなく横浜駅に到着してしまう。 横浜駅は日本一高速から近い主要駅だと思う。このバスはみなとみらい出口 で降りてしまったが、その先には「横浜駅東口」という 出入口もあるくらいだ。
横浜〜品川〜人形町〜秋葉原〜上野 2216〜
当然、ここから東京へ向かう手段として京浜急行を利用する。愛着とは恐ろしいものだ。 しかも今回は先程も紹介した3ドア改造車に乗ろうとしている。 ロングシート車両ではかなりの評価を受けている車両なのでいまのうちに乗っておきたい。 しかし、待っているときというのはなかなか来ないもので、 次来なかったら乗って行ってしまおうと思いながら、横浜駅でひたすら待ち続けて 快速特急と特急をやり過ごすこと5、6本、あきらめかけた頃にその電車はやってきた。 しばらく快速特急車両として親しんできただけにこの姿を見せられると唖然とするが、 そのフォルムにあった内装を施しているから憎めない。
乗り心地を堪能している内にあっという間に品川に着いた。さすがに今日は疲れているが、 意地でJRでそのまま上野に行くようなことはせずに、都営線に乗り換えて人形町から 日比谷線で秋葉原へ、そこからJRで上野へ行った。なるべく京急の車両に乗っていたいという 気持ちと秋葉原では一度も地下鉄とJRとの乗り換えを体験したことがないというものの 気持ちとの融合であった。
上野は高崎線沿線の上尾に住んでいた時代以来の付き合いで、知り尽くしている感がある。 しかし、この駅は私が行く度に新たな発見がある。今回は新幹線乗り換え口 のそばに本屋ができていた。あるいは前からあったのかもしれないが、 この駅は広すぎて、訪れたときにすべての施設は到底見ることができない。
本屋で暇つぶしになりそうな本を何冊か買い、すぐに「八甲田」が発着する 13番ホームへ向かった。上野駅の地平ホームは、今やがらがらなので この列車も入線時刻は極端に早かった。ホームには人影が少なく、 実際、発車してしまってもここまですいてるかと思わせるくらいがらがらであった。 自由席でもなんら不自由はなかったかもしれないが、 往年の盛況が信じられないくらいだ。
完乗記録
関東鉄道 竜ヶ崎線
鹿島臨海鉄道 大洗鹿島線
JR東日本 鹿島線
以上全線
[01 北海道旅行'98]
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(6) 8.8. 札幌〜釧路〜札幌
(1) 8.3. 金沢〜大垣
(7) 8.9. 札幌〜新千歳空港〜滝川
(2) 8.4. 東京〜山梨・静岡方面〜横浜
(8) 8.10. 滝川〜稚内
(3) 8.5. 京急づくし
(9) 8.11. 札幌〜富良野・旭川〜滝川
(4) 8.6. 横浜〜茨城・千葉方面〜上野
(10) 8.12. 滝川〜焼尻
(5) 8.7. 一ノ関〜青森
(11) 北海道旅行・その後