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Report No.01
(8) 滝川〜稚内(1998.8.10.)
滝川 1048〜1120 旭川 1203〜1334 名寄
さて、滝川までやってきた。あとまわるべき親戚の家は滝川の隣の砂川にある一件と、留萌(るもい)の北にある羽幌の沖合いに浮かぶ島、焼尻(やぎしり)にある母方の実家である。しかし、どちらもお盆期間に寄ることになっているので2日後に砂川、その次の日に焼尻へ移動することにする。焼尻は船便を考慮に入れなければならないので、道央にいても移動に1日見ておかなければならなく、札幌でも朝に出ないとその日の内に到達できないのだ。
というわけで、残り2日、とりあえず稚内は往復したいということで、北に向かうべく旭川行き特急「スーパーホワイトアロー」に乗った。夜までに稚内に到着して夜行急行「利尻」で札幌に帰って来れればいいので、のんびり宗谷線の普通列車で北上することにした。
旭川では40分の待ち合わせ時間があった。この駅もしょっちゅう使う駅なので今更改札を出ても面白くない。列車別改札が基本だが、このような規模の大きい駅なら多少ホームにいても差し支えないことが多い。都合のいいことにこの駅は北海道では数少ないホームに売店のある駅である。発車時刻までホームで待つことにした。
やがて2両の気動車が入ってきた。ここから北向きに普通列車に乗るのは初めてなので気分が高ぶる。乗っていた乗客をどっと吐き出し、私を始め数人が乗り込む。駅員が脇の行き先標を名寄(なよろ)行きに変えていく。これは俗に「サボ(サイドボードの略)」と呼ばれているもので、最近では電動式方向幕、果ては発光ダイオード(LED)式行き先表示がある時代だから、いちいち駅員の手による交換が必要なサボなどあまり見かけなくなった。ましてや窓の下にサボ入れがあり、「名寄行」などと書いてあるから古くさい。
旭川駅は地平だが、特に駆け上がることなく高架に出て4条通をまたぐ旭川四条に着く。北永山までは旭川市内で、さらに比布(ぴっぷ)あたりまでは旭川近郊なので利用客が多い。このような区間をバスに対抗するべく増発はできないものかと思うが、JR北海道ではこれといった施策はとっていない。
小説で有名な塩狩峠を越えて、和寒(わっさむ)に着く。いかにも寒そうな地名で、北海道らしくて好感が持てる地名だ。ここから先は指折りの厳寒地帯である。士別では降りるだけでなく乗る客もあり、名寄との交流を感じさせる。上川・留萌・宗谷・網走各支庁は旭川への流動が集中しているが、それは広すぎるし、網走なら北見、宗谷なら稚内といった集積地があるのは当然だが、名寄の場合往年の鉄道交通要衝地としての命運は尽きたし、こうした利用も稀少なのではないかと思う。JRも都市間列車をもっと走らせ、地域の活性化に一役買って欲しいと願う。
名寄に到着した。次の稚内行きはすぐに発車するが、音威子府(おといねっぷ)で1時間20分も待たされ、その間に急行「宗谷」に抜かれるので、名寄で1時間待って音威子府で乗り換えた方が得策である。もちろん待ち時間があるとなれば駅前散策となる。
駅前は工事中であった。元々込み合った駅前ではないから、工事をしていてもがらんとしている。バス乗り場は駅前の道路に散っているようで、札幌や旭川方面の乗り場も駅前の南北の通りを北へ進んだところにあった。小さい待合室がぽつんとあるだけの簡素なもので、他の道内各地にある「ターミナル」というものはなかった。駅前にはそれとは別に深名線の転換バス乗り場があり、広い用地を持て余していたから工事完成と共に「ターミナル」化されるのかも知れない。
名寄 1428〜1519 音威子府 1559〜1825〜南稚内
1番線に急行「宗谷」が到着すると、降車客の他に弁当を買い求める人が一斉に降りてきた。昔のように立ち売りの弁当屋がいたらよいのだが、これは急行といえども窓が開かないので、結局降りて買わなければならない。
こんな短距離で指定をとるのもわずらわしいので自由席に入ったが、夏の増結により自由席車は国鉄色のボックスシート車両であった。もともと急行用なのだから文句を言う筋合いはないのだが、あまりに今時の列車の中では古いものであった。普通列車の方がよっぽど良い座席を備えている。
この区間は以前も昼間に乗ったことがあるので面白味に欠けるが、天塩川に沿うここからの風景は北海道らしい風景の一つだと思う。湿原や牧場ばかりが北海道ではなく、道東ばかりがすばらしいのではなく、たまには道北の荒涼とした風景をみんなに見ていただきたい。
美幸線が分岐していた美深に停車し、盆地が終わると川にぴったり沿って走るようになる。もっとも、平地がないのかというとそうではなく、河原がないが一段上に平原があるという、北海道独特の地形である。したがって人が住み着きやすい地形なのだが、気候がそれを難解なものにしているから、人の手が付かず荒涼とした風景をつくりあげるのだ。
ひらけるという気配をまったく感じさせずに音威子府に到着する。ここは天北線が分岐していたことで鉄道ファンには有名だし、うまい立ち食いそば屋があるとかログハウス風の駅舎があるとか、そもそもこんな変な地名なだけでなにかとネタには困らないところなのだが、音威子府自体は人口の希薄な村である。
普通列車はもちろんすでに停車しているが、あまりの長時間停車なので車内で発車を待つ人はなかった。私も立ち食いそばをさっそく注文して駅舎で待っていると、浜頓別経由稚内行き、歌登経由枝幸(えさし)行きの宗谷バスが見事に接続しており、それに乗る客が列を作っている。音威子府が小さな村にもかかわらず、未だに急行が停車し、乗降客もそれなりにいるのはこのためだ。枝幸や浜頓別、猿払(鬼志別)からは札幌や旭川行きのバスがあったはずだが、依然として鉄道利用が夏の帰省シーズンには強いわけである。
そのバスが発車してしまうと、する事もないので稚内行きの車内に入り、急行から乗り換えた客さえほとんどいない状況のまま、発車時刻を迎えてしまった。いくら冬季の遅延防止のためとはいえ、待ち時間が長すぎるのである。これでは急行が止まらない駅へは車で迎えに来てもらって行くのが一般的になるのもやむをえないではないか。
山間部に入ってよりいっそう荒涼さが増した風景の中を淡々と走り続け、天塩中川に着いた。音威子府からたった3駅で30分を要している。しかも上り列車の交換待ちのためまたしても12分停車するのである。なんとものんびりした列車だ。
川に沿っているが、内陸部から日本海側へ抜けるのでトンネルが連続する小規模な山越え区間に入る。それにあわせるかのように、幌延(ほろのべ)までの間は停車駅ががくっと減って、歌内、問寒別、雄信内(おのっぷない)しかとまらない。雄信内という地名は大好きで、ここは日本海に面した天塩町に属し、天塩までのバスも発着するところだ。ここではまた交換待ちをするのだが、ワンマン列車の正規の停車位置ではなく駅本屋の前にとめる粋なはからいが行われた。乗り降りの少なさを物語っている。
川が日本海に流れ着き、列車も幌延に到着した。かつての羽幌線の終点で、昔は「幌延行」の列車によく乗ったものである。その転換バスである沿岸バスという、どこを走っているのかわからないようなバスはここが終点ではなく、北東の豊富温泉を経由して豊富まで行く。さらに西に入りサロベツ原生花園をかすめて、稚咲内(わっかさかない)という漁港に行く路線まで所有している。地味な道北にあってそれなりに目立つ観光地を抱えているが、バスを使う人はやはり少ないようだ。
実はこの列車、幌延からは下り最終普通列車となってしまう。時間的にも帰宅ムードで、車内は少しだけ賑やかになってくるとともに、薄暗くなってきた。この区間も日中に乗った事があるので問題ないのだが、ここに北海道屈指の名車窓がある。「抜海越え」とも称され、抜海駅をすぎて小高い丘を登り詰め、左側に目をやると、きれいな形をした利尻富士が目の前にそびえるというものだ。私はかつて2回ここを通ったが、一度もお目にかかったことがない。今日は見たいが、さっきまで晴れていたのに薄暗くなるとともに曇ってきた。そしてまたダメかなと思ったその車窓に、雲に隠れて夕日に照らされる利尻島の裾の姿が映し出され、かなり幻想的であった。見えずとも何か得をした気分であった。
稚内まで行っても良かったのだが、せっかくなら降りたことのない駅ということで、南稚内で下車した。
南稚内〜稚内 2213〜
稚内駅が樺太への玄関口としてつくられたのに対し、南稚内駅は宗谷支庁にも近く、町のための駅である。天北線の終点もここだったし、急行もとまればみどりの窓口もある。したがってここで今夜の急行「利尻」をリザーブしようと思ったのだが、みどりの窓口は時間が過ぎて終了していた。下車したことを少し後悔し、稚内駅前行きのバスでもないかと探ったが、これも行ったばかりでしばらくなかった。しかたなく歩いていくことに。南稚内駅前では何やら祭りが行われ、出店で酒盛りしている姿に後ろ髪を引かれる。
この両駅間は思ったよりも距離があり、しばらくウォーキングを楽しめるところだが、指定席がとれるかどうかに頭がまわってそれどころではない。ただでさえ歩くのは早いのだが急ぎ足で稚内駅へ向かった。はたして指定席は、喫煙車は満席、禁煙車はガラガラという状況で、まったく急ぐ必要はなく、禁煙指定席をとる羽目になった。近頃喫煙車ばかり混雑するのが目立ってきたが、実状にあった配置をして欲しいものだ。
多少疲れたが、稚内駅で時間が余ったのはこれが初めてなのでもう少し動きたい。野寒布(ノシャップ)岬にでも行こうかと思ったが、この暗さでは行ってもしょうがないので、代わりに利尻礼文へのフェリー乗り場に行ってみた。これは歩いても行ける距離で、行ってみるとちょうど利尻の鴛泊(おしどまり)からのと礼文の香深(かふか)からのフェリーが到着して賑わっているところだった。港に演歌が流れ、市場のような魚介類の店が並び、テントが至る所にひしめき合って、フェリーの到着だけではないような気もしたが。
駅に戻ってビールを飲みながら発車時間まで暇をつぶし、急行「利尻」に乗り込んだ。禁煙であるおかげで、寝る前に一服しようにも、喫煙車のデッキに行かなくてはならない。デッキでタバコを吸っていると、豊富に到着のアナウンスが流れ、後ろ2両はホームにかからないとのこと。まさに私がいるデッキは該当するわけで、その様子を見ようとドアに貼り付いていたら、到着と同時にドアが開き始め、あやうく地面に放り込まれるところだった。普通はこんなところに人はいないのかも知れないが、あまりにも危ない。ドアを開けるならそう言って欲しかった。
長く起きていても良いことがないようなので、さっさと眠りについた。
完乗記録
やはり、なし。
[01 北海道旅行'98]
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