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06 横浜出張
1999.3.27-30.
多摩都市モノレール、相鉄いずみ野線、
千葉都市モノレール、京急空港線

注:このレポートは、旅行日記3部と旅行写真集7部に分割しています
(1) 横浜出張<その1>(1999.3.27.) ・多摩都市モノレール開業(4)
(2) 横浜出張<その2>(1999.3.29.) ・相鉄が湘南台へ(5)
・湘南ライナー専用ホーム(6)
・横須賀にて(7)
・品川駅東西自由通路(5)
・千葉都市モノレール県庁前駅(4)
(3) 横浜出張<その3>(1999.3.30.) ・京急羽田空港駅(9)


(1) <その1>(1999.3.27.)

 私の所属する研究室は毎年3月末に行なわれる学会に出席する。そしてそれなりの研究成果をあげた人が発表するわけで、私は去年に続いてエントリーされてしまった。研究成果の方がそれなりかどうかはともかく、久々に遠出ができる。

 学会が行なわれるのは神奈川大学である。となると、例によって横浜の親戚の出番だ。ここを拠点にして、新規開業路線を中心にまわってみた。

金沢 913〜1159 越後湯沢 1207〜1328 東京

 今回は私一人ではない。同じく学会に出席する研究室のメンバーが私のほかに三人いる。しかもそのうち一人はバングラデシュからの留学生である。また、この春から東京に就職する別の研究室の友人・あちゅし君が一緒に行くことになり、かなり異色のメンバーだ。

 まず、金沢からは「はくたか7号」に乗った。これは「サンダーバード」と同じタイプの681系電車ではなく、旧型の485系である。ただし車内はそれなりにリニューアルされたもので、「雷鳥」や「しらさぎ」よりは我慢のできる列車である。こんな列車でも指定は残念ながらとれず、金沢始発であるので並んで席を確保した。

 「はくたか」は上越新幹線の停車駅、越後湯沢と北陸とを結ぶべく、第三セクターの北越急行が開業したのを機に、それまで長岡に発着していた「かがやき」に代わる連絡特急として誕生した。新型の681系を使用する列車と、旧型の485系を使用する列車がほぼ交互に発着する形態をとっており、前者は北陸線内最高130km/h、北越急行ほくほく線内最高150km/hを誇り、車両の新しさもさることながら後者とは別格の列車になっている。JTB時刻表上では(新型車両で運転)と記述されているほか、糸魚川を通過するかどうかで区別ができる。

 高岡、富山と客を大量に乗せていき、いつしか超満員に。「かがやき」時代は自由席が1両しかなく、こうした混雑は多かったが、この列車は自由席が3両ある。それだけ飛行機から鉄道に乗客が推移してきたということだろうか。

 直江津を発車し、犀潟という小駅を通過すると高架の単線に上がる。これが北越急行ほくほく線だ。単線ながら、新線ならではの高規格で前述したとおりのスピードを出すことが可能である。ただし、681系電車はスピードが出るとは言っても相当に振動が激しく、耳ツンがひどいらしい。(「らしい」というのは、私がさほど感じないため)

 いつの間にか雪に変わった車窓を眺めているうちに高架線を降り、六日町を通過。さらに上越線を走り、越後湯沢に到着。ここから上越新幹線に乗り換えるわけだが、乗り換え時間が8分しかないため、自由席の人は我先にとダッシュするのがここでの習慣。しかし我々は新幹線だけは指定がとれたのでゆっくりと歩いていく。(後から付いてくることになったあちゅし君は立席覚悟)

 来たのは「Max」と呼ばれる二階建て新幹線である。この車両、1階は従来の5列席であるものの、2階は3+3の6列である。眺めがいいとはいえ、心地は下の方がいい。もっとも、下しか指定がとれなかったのであるが、この取り方がひどい。せっかく2列の席があるのに、4枚の指定券は回転できない3列席の前後なのである。これなら横4列で一人はみ出したほうがまだましだ。しかも各自配られた指定どおりに座ったら、私の隣は留学生である。一応私は彼の面倒見役なのでいいのだが、一時間も二人だけだと会話に困る。おかげで列車に乗っている気がしない時間を過ごすことになってしまった。

東京〜武蔵境・東小金井〜立川・立川北〜上北台〜玉川上水〜高田馬場

 東京に到着。地下街で腹ごしらえをして、それぞれの宿泊地へ向かう・・・のだが、かの留学生が横浜という以外は、東中野、武蔵境(あちゅし君の新居)、玉川上水で、中央線方面である。私はもちろん乗り潰しをしたいので、玉川上水の彼と一緒に多摩都市モノレールに乗ることにし、一緒に中央線に乗った。そしてあちゅし君の新居を見ようということで一旦武蔵境で下車。その新居は武蔵境と東小金井のやや中間にあったため、今度は東小金井から乗った。

 乗車列車は国分寺で待避線に進入。待ち合わせの時間にタバコを吸おうとホームへ出ると、玉川上水の彼はきょとんとしている。ほどなく特急待ち合わせの放送が流れたが、「よくわかるなあ」とのこと・・・。

 立川で改札を出て、北口へ向かう。玉川上水の彼は改札口の所にあった小さい案内に気づく様子もなく、わけもわからず私に付いてくる。北口に出るとモノレールの駅がどんと構えていて、ここまで来れば誰でもわかるが、たしかに改札の案内は小さく、不便だ。思ったほど遠くはなかったが、案内は徹底して欲しい。彼は「よくわかるなあ」とのこと・・・。

 多摩都市モノレールは最近のモノレールや新交通システムの例に漏れず、随分高いところに駅舎とホームがある。ただ、立川北駅はあまりに高いところにあり、屋外エスカレーターでつながっていた。雨が降っていたので傘をさしたが、傘をさしてエスカレーターに乗ったのは初めてである。

 ホームの放送も車内の放送ももちろん自動であった。運転は10分間隔。車内はボックスシートを備えてあり、通常鉄道がロングシートしか来ないようなところで、小振りなモノレールがクロスシートとは滑稽な気がする。

 滑るように発車し、あっというまに次の駅に着く。ひたすらこれの繰り返しである。玉川上水で彼は降りたが、他の乗客もほとんど降りてしまった。意外に乗客が多いなと思ったが、元々西武線が走っている玉川上水の客が多かったわけだ。これでは西武も客をとられてしまっているのではなかろうか?
 (写真集多摩都市モノレール開業

 上北台へ往復し、玉川上水から今度は西武線に乗って都心へ戻ることにした。20分後に西武新宿への急行があるが、あまり時間に余裕がなくなってきたので、すぐ来た普通に乗って本線の急行に乗り換えることにしたが、何としたことか、「・・は乗り換えです」という放送を聞いて、小平と間違えて小川でホームに降りてしまった。すぐに間違いだと気づいて車内へ戻ったが、ちょっとはずかしいことをしてしまった。しかし放送はよく聞き取れなかったと思う。

 小平で急行に乗り換えて、高田馬場に向かった。

高田馬場〜日本橋〜羽田空港〜横浜

 このまま横浜へ向かってもよいが、今回の最大の目的である京浜急行の羽田空港駅へ行ってみようと思う。本格的に見て回るのは後日ということにし、まずは一般利用客のつもりで行ってみる。

 西武新宿線から京浜急行で羽田空港に行くには、高田馬場から山手線で品川へ出るのが一般的だろうか。しかしそれでは面白くないので、営団東西線で日本橋へ行き、都営浅草線経由で行く。これが丁度良く、やって来た都営浅草線の電車は、急行羽田空港行きであった。新しく出来た「エアポート快特」や「エアポート特急」にも乗ってみたいが、もうすでに走っていない時間帯である。

 急行で羽田空港へ向かい、すぐに京急蒲田へ戻ってすぐに来た快特に乗って横浜へ向かった。ここでも詳しいことは次のレポートに載せることにする。

写真集

多摩都市モノレール開業

完乗記録

多摩都市モノレール 立川北〜上北台間 (制覇)
京浜急行 空港線 京急蒲田〜羽田空港間 (制覇)


(2) 横浜出張<その2>(1999.3.29.)へ続く