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Report No.15 |
私の発表は28日で、今日はまだ余裕がある。というわけで、友人の出勤に合わせて家を出た。しかし、今日は研究室の後輩が午前中に発表するが、それに間に合うかどうか微妙な時間だ。でも研究室内の発表なんて普段から見慣れてるわけだから本当はどうでもいいことなのだ。
友人の今日の出先は半蔵門だそうで、以前メールで「武蔵境から半蔵門へ行くときはどうすればいい? どこから地下鉄に乗るの?」と聞かれ、半蔵門なら四ツ谷から歩いてすぐだから、それを教えたことがあった。今日はまさにそれを実践するわけである。せっかくなので私も半蔵門まで付き合い、そこから東西線へ向かうことにした。
快速は中野駅へ到着。我々のいる場所は武蔵境から乗ったせいもあって左側。ドアが開くのは右側だ。すると、目の前のドアが開いた瞬間、ホームに同じ化学科の後輩が3人立って喋っているではないか。こっちは2人で手を振ったり、「おーい」と声をかけたりしたが、遠すぎて気づかれずドアは閉まってしまった。偶然とは恐ろしいが、しかし学会に向かう3人がなぜこんなところにいたのか不思議だ。
四ツ谷に着いて、大通りを歩く。同じ方向に向かって歩く人は多く、やはりJRの駅から歩くというのは定番だ。途中、小道に入ったが、日本テレビなどがあるので人通りは多い。やがて友人の出先に到着したので、そこで別れ、半蔵門駅へ向かった。
ここから船橋日大へは半蔵門線で九段下まで出て、東西線で一直線だ。半蔵門線を一駅で降り、東西線乗り場へ向かうと、丁度改札の向こうに快速が止まっていてドアが閉まりかけていた。実にタイミングが悪く、これで15分待たねばならない。しかも、結局、例の発表には間に合わないではないか。
最近登場したばかりの新型が来ないかなとも思ったが、やってきた快速八千代緑ケ丘行きは旧型車両だった。これに乗り込み、待っていれば目的地に着く。今回の会場はややこしいところにあるが、地下鉄から一直線で行けるから便利だ。しかも乗り入れる電車のほとんどが、東西線内では快速である。
東陽町を過ぎると西船橋までは浦安しか止まらない。東西線はあまり乗ったことはないが、私にとってのビューポイントは、先日開業したばかりの妙典駅くらいであった。ここは2面4線の駅で、この時は普通の退避はなかった。
営団と東葉高速の境界である西船橋で、乗客もかなり入れ替わる。東西線が快速運転でも、相変わらずJRを利用する人が多いことの証である。特に今日は学会開催で、地方から来た人間は地下鉄など利用しないことが伺える。
船橋日大前に到着。乗客のほとんどがここで降りてしまう。つまり、普段はほとんど乗客がいないということか。もっとも、大学は春休みのまっただ中だし、この電車は次が終点だが。
階段を上がってビックリ。精算する人の列でビッシリだった。そういう私も西船橋までしか持っていない。東西線の駅からでないと、券売機で売っていないからだ。臨時精算所が2箇所もあったが、それでもまったく歯が立っていないようだった。
ここは大学の真下にある地下駅。階段を上がるとそこは大学の門の前であった。しかし、アクセスは極めて便利だが、東葉高速鉄道は運賃が高い。大手町から西船橋まで270円で済むのに、そこからの市内移動で490円もかかる。営団が安すぎるという話もあるが、やはり高い。元々のアクセスであるバスや北習志野からの徒歩も相変わらず有効そうだ。
会場に入ると、「さっきの電車高いよなー」という声があちこちで挙がっていたし、後で研究室の人間に聞いても、逆に何でこんなに高いのか問いただされる羽目になった。今回で東葉高速は全国の化学者にその名をとどろかせたことだろう。
午後にも同じ研究室の後輩の発表があり、これが終わると、先生方は最後までいると言っていたが、他の人たちは帰るというので、私も同行することにした。
西船橋に着くまでに、今夜は新橋で飲もう!なんて話にまとまっていたので、当然のように東西線で日本橋乗り換えを考えていたら、西船橋で全員降りてしまった。慌てて私も降りて追いかけて一旦は合流したが、イオカードを通すために改札をくぐっている間に、浅草の宿に一旦寄るという2人と、新橋へ直行するという2人はいなくなり、新宿と蒲田に宿がある留学生2人だけが残っていた。秋葉原までは「黄色い電車」に乗って行くというので、私もそれに付き合い、沿線を眺めながら東京を紹介したりした。
秋葉原で降りて2人と別れると、携帯電話の着信があった。以前の横浜スタジアム観戦のレポートにも登場した市原在住で最近レイラーズ・ボードにも出現したりゅうのすけ氏からである。この話し合いで、彼は学会には行けないが酒を飲むことが決定し、明日の夜は横浜集合になった。これで明後日も明明後日もその次も飲み会なので、5日連続飲み会である。
そして、この電話をしている最中に次の電車がやって来た。すると、さっきはぐれた新橋直行の2人組が降りてきた。JRで新橋へ行くなら市川で快速に乗ったほうがいいと言っておいたが、分からない人には分からないのだ。実は毎年、事前に交通案内を自作して配付しているのだが、それでも何かと不都合が生じる。
京浜東北線で新橋へ向かい、浅草組の到着を待って飲み会へ。終了時には二次会という声も挙がったが、明日のことがあるし、横浜へ帰ることにした。もっとも、横浜の叔母の家に着いてからも一杯飲んでいたのだが。
翌日、自分の発表の日である。一応、昨日のうちに発表原稿の暗記を完了したつもりだが、まだまだ怪しい。道中、ひたすらブツブツつぶやきながら行くことになる。
ここから船橋日大へは、京急で日本橋へ行って東西線に乗り換えるのが便利と判断。東海道線で東京から大手町まで歩く方法や、横須賀線で市川まで直行する手もあるが、歩いて南太田まで行ける立地なので京急が便利だ。
横浜で特急に乗り換える。朝は品川までなら乗ったことがあるが、浅草線直通を実利用するのは初めてだ。好きな京急なのであまりここでは発表原稿に手を付けられない。
日本橋の乗り換えは分かりやすく、すんなりと東西線へ。真っ先にやって来たのは普通電車の東葉勝田台行きであった。その後に快速の西船橋行きがあるが、おそらくどこかで抜いてこの電車に接続するだけと予想し、普通に乗った。最初は混んでいたが、東陽町まででガラガラになってしまった。
東西線内で完全に原稿を覚え、発表は無事に終わった。
しばらく会場をうろついて、新宿まで向かうことにした。どういう乗り換えが有効か迷うところだが、飯田橋まで直行してJRに乗り換えるというルートをとってみた。
さて、今夜は昨日の電話の通りに、横浜で飲むことになっているが、その前にちょっとしたミニオフ会を開くことになっている。というのも、明日は名古屋四線会掲示板のオフ会があるが、その掲示板参加者ののってく!!さんが、明日は出られないが、今日なら会えるという話を、「ひたち」の牛久さんから聞いていたのだ。そこで「ひたち」の牛久さんに電話。快速アクティーで東京に向かっているという。何やら静岡方面に「鉄」しに行っていたようで、東京駅のアクティー到着ホームへ迎えに行った。
誰の顔も知らないので、教わった車両からそれらしき集団が降りてきたが、イマイチ自信がない。そこで前にも活用したことがある電話作戦を実行。やはりその集団の一人が電話を着信したので、それと判明。のってく!!さん、「ひたち」の牛久さんの他に、竜ケ崎機関区さん、そして当サイトの掲示板でもお馴染みのGLAY好きの鈴木くんが同行していた。
東京駅八重洲口の地下街の喫茶店に落ち着く。JR東海の現役運転士であるのってく!!さんがいるせいか、極めて内容の濃い話で盛り上がる。私とGLAY好きの鈴木くんはついていけない場面も多かった。
そのオフ会終了後、東海道線乗り場へ。電車に乗ろうとした瞬間に電話がかかってきて、電車を一本見送ると、すでにりゅうのすけ氏は横浜にいるという。今まで地下にいたため、つながらなかったらしい。とはいえ、電車はすでに行ってしまい、何ともタイミングが悪い。
次の電車で横浜へ向かい、りゅうのすけ氏と合流。一杯交わした後、彼は市原なので、今回は羽田空港からアクアラインバスに乗って帰るという。横浜からの便は終わっているのだ。そこで私も京急乗り場へ向かい、南太田までの切符を購入した瞬間、今度はKOBO氏から電話がかかってきた。今横浜駅に到着したところというので、至急京急乗り場へ来てもらって、りゅうのすけ氏と1分懇談。私とKOBO氏は、喫茶店に入ってしばらく会話を交わした。
一日で3回もオフ会(?)を開いたのはさすがに初めてだ。
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| 第一章 初体験 小松−羽田便 |
| 第二章 学会に出席 船橋日大への道(現在地) |
| 第三章 四線会掲示板&スカ線トークオフ |
| 第四章 郷愁漂うさいたま紀行 |
| 第五章 青森へGo! |
| 第六章 京急全線に再乗車 |