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Report No.23

第二章 スーパーシートと印旛日本医大


2000.8.19. 札幌−羽田−船橋−新鎌ケ谷−印旛日本医大−横浜
北34条 − さっぽろ − 新千歳空港

 あれから一週間、北海道から飛び立つ時がやってきた。焼尻島では相変わらず海の幸と酒びたりで、その後滝川へ行き、札幌へ行くというお約束の・・・だが、毎年行わなければ気がすまない行事が押し寄せる毎日であった。変化があったのは、札幌で道央地区交通ルームの参加者と簡単なオフ会を開催することができたといったところ、これはこれで、大変貴重な時間を過ごすことが出来たと思う。

 さて、今回の帰路。夜行に乗って内地を目指すか、朝の飛行機に乗るか、今回も迷ったが、朝一番の飛行機なら特割で大幅に安くなるが、それが空いているようなので、これにひかれて飛行機に決定した。しかしまた飛行機では芸がないなと思っていたら、特割スーパーシートも空いているみたいで、スーパーシート料金を上乗せしてもまだ通常運賃よりは安い。ならばこの機会に乗っておかねばならない。というわけで、初のスーパーシート体験となった。

 朝7時50分の飛行機に乗るためには・・・と時刻を確かめて見ると、札幌6時35分の快速「エアポート」に乗ってギリギリ。これに乗るためには、バスでは最寄バス停が6時18分発で、札幌駅前を経由しない便だから間に合いそうにない。そこで地下鉄南北線の北34条まで歩いて、6時11分発に乗れば間に合うことをつきとめ、実行した。札幌の地下鉄は長らく始発が6時30分で、非常に朝が遅いことで有名であったが、1999年12月から6時00分に繰り上がっていたのであった。つまり、去年ならタクシーを使わなければ実行できなかったプランだったのだ。


 地下鉄北34条駅
 毎年行く宿泊地の最寄駅であるというのに、一回も使ったことがなかった。というのも、初めて来た時は麻生まで来てくれと言われ、クルマで出迎えがあり、それからは家からすぐのところまで来るバスを利用していたからだ。

 そこで、適当に駅があると思われる方へ歩き、この駅を見つけた。真上を札幌新道と札樽自動車道が走っているから、誰でも分かるのだが。


 この駅は、階段を下りていくとご覧のような場所に出る。上りと下りで、改札口が別になっているのだ。地下二層に抑えるための工夫で、札幌地下鉄の古くからの開業区間で、対面ホームならこの方式が多い。階段を下りると、いきなりホームがある階の時もある。

 始発の次の便だが、乗って見ると、なかなかの乗客がある。やはり今までが遅すぎたのだろう。中には私と同じように飛行機に乗るような格好をした人も見受けられる。

 さっぽろに到着。日中なら大通に向かう客で乗車数の方が多い駅だが、この時間はJRに乗り換える人がやはり多い。そして、快速「エアポート」乗り場へ向かうと、すでに電車は止まっており、満席であった。飛行機の時刻を見てみると、ANA、JAL、JASの大手三社がすべて7時50分に東京行きを設定してあり、その他に大阪行きなども至近の時間に設定があるので、数少ない接続列車に乗客が集中したのだろう。

 慌ててももう座れないので一服して落ち着いてから、着席している人の中からどう考えても飛行機に乗りそうにない人を見つけ、その前に立った。この列車は朝に数本しかない白石停車便で、「エアポート」は日中でも新札幌、北広島への利用が多いから期待できる。案の定、新札幌でその人は降りていき、ゆったりと座らせてもらう。


新千歳空港 − 羽田空港

 新千歳空港に到着。乗客は一斉に空港ビルに向かう。全日空のカウンターに向かうと、すでに長い行列が出来ているが、スーパーシートなので専用カウンターですぐさま発券完了する。さすがはスーパーシート。あまり時間がないので、すぐに土産を買って搭乗口へ向かおうとするが、ボディチェックにものすごい行列が出来ている。ここだけはどうにもならないようだ。ここもスーパーシート専用口なんてあったらもっと利用率は上がるかもしれない。

 いつも通り、搭乗口の前でタバコを吸ってゆっくり待つ・・・というのはロクに出来ず、すでに搭乗が始まっていて多くの乗客がすでに入り込んでいた。一本だけタバコを吸ってさっそく中に入る。スーパーシートは二階だが、階段を上ると狭い室内に人が埋まっていた。飛行機は広いイメージがあるから、新鮮である。もちろん腰を下ろすと占有スペースの広さは比べ物にならない。

 やがて離陸。慌しい搭乗だったが、考えてみれば札幌駅を出てからたった75分で離陸したのだから、飛行機はこんなに能率よく乗れるものなのかと見直した。そしてスーパーシートなので機内食もあるし、飲み物も飲み放題である。ビールも飲めるが、さすがに朝一番の便だし今日は寝不足でそんな気分ではない。(迷ったが)

 今日はいい天気だ。眼下に十和田湖や田沢湖などが地図で見る形でくっきりと見える。飛行機でこれだけの景色を拝めるのは久しぶりだ。眠いはずなのにロクに寝もせずにずっと窓の外を眺めて過ごしていた。


羽田空港 − 浜松町 − 新橋 − 船橋 − 新鎌ケ谷

 さて今夜は、これまた毎夏のお約束、横浜スタジアムにて野球観戦の予定である。となると、掲示板でおなじみのりゅうのすけ氏が一緒に見ることになっているのも、これまた最近のお約束だが、電話で朝一番の飛行機で上京し、新しく開業した都市公団線の印旛日本医大に行って来ようと思っていると伝えたら、羽田から同行したいと言ってきた。

 というわけで、羽田でりゅうのすけ氏と合流した。本来なら京急で真っ先に印旛日本医大を目指すところだが、りゅうのすけ氏が久々にモノレールに乗りたいというので、浜松町からJR船橋まで行き、出来たばかりの東武野田線の新鎌ケ谷から乗り換えていくことにした。

 モノレールは、羽田空港が沖合いに展開して今の「ビッグバード」と名づけられたターミナルビルが出来たときに、元の羽田駅(現在の天空橋駅付近)から延長されている。途中には天王洲アイル駅も出来ているし、最近の変化はめざましい。おそらく新鮮に映ったに違いない。

 当の私も、浜松町にモノレールで降り立つのは久しぶりである。何か変化があるかな?と思っていたら、りゅうのすけ氏が「都営浅草線乗り換えって書いてあるけど、こんなところに都営浅草線あったっけ?」と聞いてくる。大門駅のことだが、こんな案内はなかったような気がする。

 山手線で新橋へ行き、横須賀線から総武線快速で船橋へ向かった。


 東武野田線に乗るのも久しぶりだが、ホームへ向かうと、黒地白抜きの駅名標があった。デザインは東武の一代前の、漢字(小)ひらがな(大)所在地というものだが、色が見たこともないものである。

 真新しい新鎌ケ谷駅に到着した。駅名標は現在の東武のデザインで、野田線カラーであった。ちなみに、野田線は今のデザインを採用する前に色付きの駅名標に変えたため、他の駅はちょっとデザインが違う。

 北総開発鉄道が北初富から小室まででき、そこに新鎌ケ谷駅が設置されたのは京成高砂延長時で随分後のことだが、それにしても長い間、東武野田線には駅が設置されなかった。ついに満を持して出来た駅ということだが、それなりに立派な・・・というか無駄に空間の広いコンコースがあった。人が押し寄せるのはいつのことになろうか、そんな感じがする駅だった。写真は野田線の入口。

 そこからちょっと長い通路を歩き、北総と新京成の新鎌ケ谷駅にたどり着いた。

 改札を通り、またしばらく歩いていくと、新京成と北総への通路の分岐点に着き、中間改札が設置されていた。つまり、両者を乗り換える客だけが歩く距離が少ないという、ちょっと不思議な駅であるわけである。

新鎌ケ谷−印旛日本医大

 7月22日に延長開業したのは印西牧の原−印旛日本医大間の1駅間。小室までは北総開発鉄道、小室から都市基盤整備公団(旧・住宅・都市整備公団)の路線だが、都市公団線の路線は1駅ずつ延長して現在に至っている。当初からその予定で、千葉ニュータウン中央までは初めて乗りに来たときにすでに開通していたから乗ったことがあるが、印西牧の原開業からは、どうせまた延長するからと乗りに来ていなかった。通常なら、それでも乗りに来るのだが、何しろここは運賃が高い。対キロ運賃設定自体も高いが、二社にまたがっているというのがとにかく高額にさせる。

 それに加えて、日中20分毎しかない本数の少なさ。これは京急から都営・京成押上線を経由してここまで来る一連の路線が20分サイクルで出来上がっているため、さすがに10分毎では多すぎるから20分毎なのだが、さらに印旛日本医大までは40分毎しかない。なんでも、印西牧の原と印旛日本医大の中間に車庫があり、その入出庫の関係だそうだが、都市近郊というには少なすぎる。今回は浜松町でマイライン東京時刻表を購入し、船橋で多少の時間調製をつけた。

 さて、やってきた電車に乗り込み、印旛日本医大を目指す。しばらく右側にだだっ広い空き地が並走する。ここには千葉県営鉄道・北千葉線が本八幡まで来ている都営新宿線をさらに延長する形で走る予定であったが、目下開業する見込みはまったくない。バブル時代の千葉ニュータウン計画がいかに壮大であったかを物語っている。

 それでも千葉ニュータウン中央の景色は、すっかり変わっていた。一本で都心へ直行できる位置にあるのは確かで、便利といえば便利だ。そしてここから初乗り区間となるが、駅を抜ければまた北総台地の雑然とした風景が広がり、これまでとさして変わる様子もない。変化といえば、北千葉線用地がなくなることと、成田新線早期着工を希望する看板が増えることくらいか。成田新線というのは、この印旛日本医大から先を延長して、成田空港へと結ぶ計画のことだが、実にあと少しの距離まで開業しているわけで、私はぜひ開業して欲しいと思う。距離的にも今の京成より短く、線形もいいから羽田空港がある京急方面からの直通運転にはメリットが大きい。


 印旛日本医大駅
 最近の駅舎はとにかく凝った外観のものが多いが、ここも負けてはいない。頭に付いているのは一体何を模したものなのか。

 そしてここで何より変わっているものといえば、訳の分からない(松虫姫)という括弧書きである。元々工事中の仮称は「印旛松虫」であったから松虫は地名なのが推察されるが、姫とは何だろうと誰もが思うだろう。何でも、付近の松虫寺というお寺にまつわる故事に由来するらしいのだが、駅名標でアピールすることなのだろうか?

 ほどなく電車は折り返すが、やがて付近からわらわらと人がやってきた。意外と利用客がいるもんだなと思ったが、40分毎しかないから集まってきたら多いだけなのかもしれない。

 この後、折り返しの電車を、京急直通の特急に座るために青砥で降りて乗り換え、横浜へ向かった。


[23 北海道往復2000]
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